- Diary - November 2014 適当な時に適当な事柄を思い付くままに適当に |
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にも出来るので、あながち高いとも言えない価格です。注釈なんかも記載出来ますし、本になってるので人に見せるのにも雰囲気がいいですし、場所毎に整理しておくと解りやすいですしね(^▽^) 今回、撮った写真は全部で660枚(*゚Д゚) 厳選して350枚に絞りましたが、大変でした(;´Д`A |
ソロデビューし、俳優にもチャレンジし、一定の評価は受けたものの、それ以上は進めない...方や飛ぶ鳥落とす勢いでビッグに成っていくエーチャン...常々それを意識してたんでしょうが、何処かでオレはオレと吹っ切ったような処が見受けられましたね。元々精神的に不安定な面のある方で、言動、行動的にも不可解な部分のある人でしたが...(^_^;)
でも、この人はとても正直な人だったんだと思います。聞いてる方が恥ずかしくなるような自己愛的発言を平気で言い、自分がどれほど素晴らしいかをアピールし、自分のスタイルを押し通し、自分の生きる場所を捜し続けた。それはスマートでなく、とても泥臭く混沌としたモノとして私には映りましたが、ようやくそういうモノからも解放されたように思います。 「ロックン・ローラー」という言葉、意味に於いてこの人ほど、この呼称がピッタリと来る人は居ないと思います。ある意味、矢沢永吉氏よりロックン・ローラーらしいかとも...ジョニー大倉氏のご冥福をお祈り致します。 |
うわっ(≧д≦)さっぶ〜!となるのは避けられないんでしょうが...これもお仕事...ガンバリます(;´Д`A |
でも、完全にぼやけて見えて、少し離れると私の顔もハッキリ解らないと言います(*゚Д゚)
そら、あかんやろ...ってんで、医者を変えたら、手術が必要と言われました。この眼科は入院することなく手術を受けられるのと、手術経験がかなり豊富な眼科だと言うのでそこで手術をすることとなりました。なりましたはいいんですが、何しろ人気の眼科ですから、待つこと一月半(*゚Д゚) 「かなんわー(´;ω;`)見えへんのんかなんわー 早よしてくれたらええのに...かなんわー」お袋のボヤキは日常の呪文のようになりました。で、やっと今月の4日に施術されたんですが...一日置いて眼帯を外したら...(@Д@) 見える、見える。なんと明るく綺麗なことか。一瞬の変わり様にお袋は唖然としたようでした。 すると明くる日から呪文が変わりました。「見えすぎてかなんわー」(爆〜)家の中のホコリや家具の汚れ、自分の顔のシワからシミ、今まで見えなくて幸せだったモノがハッキリくっきり見えるようになった今、それが気になって、気になってしょうがないらしい(爆)「こんな汚かったんかー かなんわー こんなんやったら、手術しいひん方がよかったわー(´;ω;`)」廊下のホコリや流し廻りを掃除し出したお袋にヨメも困惑(^_^;) 見えすぎるのも困るー(笑) |
植毛が経費で落ちると思ってたという元野球選手俳優氏が、競演した高倉健さんへの想いを語り「こんな急に知らない間に居なくなるなんて、なんて卑怯な人だ」と涙ぐんでましたが...この人、やっぱ付ける薬ありませんね(爆) 人間、潮時、引き際が肝心...生きている限り誰もが一度は通らなければならない、この上なく平等な死。個人的な意見で、とても失礼かとは思いますが、健さんの場合、これで良かったんだと思います。2年前に公開された最後の作品「あなたへ」で久々に健さんのお姿を拝見しましたが...やはり「老い」は隠せませんでした。いや、そういう年回りの役ではあったんですが、顔つきがどうも本当に爺さん化してしまってたのに限界を感じました。男気溢れて男が惚れる高倉健、常にストイックでカッコよくなければならない男...これ以降の醜態を晒さずにここで幕を引けたのが良かったように思いました。 83歳、まだやり残した事があったのか、どうなのか知る由もありませんが、先に逝ったお母さんと愛妻の江利チエミさん共々、手を取り合っておられるやも知れません。健さん、今までの長い間、色々と楽しませて頂きました、ごゆっくりお休み下さい。高倉健さんのご冥福をお祈り致します。 |
2014,11.18 (火) 凝り風邪かもー | |
旅行から戻って何事もなく、ただ、その反動のためか、ただただ忙しい毎日を過ごしておりました。強いて何も言うコトのない怠惰な?いや、素晴らしく穏和な日々を過ごしておりました... が、ここに来て疲れ?が出たのでしょうか。季節の変わり目の所為なのか、旅行前の仕事の段取りと気疲れが災いしたのか、弱り目に祟り目(笑)極度の肩こりと風邪に見舞われました(≧д≦) 気が付けば、ハンパないくらいの肩こりで背中はパンパン(*゚Д゚) それにヨメの風邪を貰ったのか、咳が出て喉が真っ赤になってました。恐らく、今述べたような旅行までの色々な支度、そして旅行の緊張感や長時間の飛行機の疲れが一気に出たんじゃないかと思います。 さすがに堪らなくなって、先日の日曜日に近くのマッサージに行きました(^_^;) 整体師のお姉さん、体を触った途端言いました「よく、これでどうも無かったですね」(*゚Д゚)そんなですかい!背中はカメの甲羅、ふくらはぎと太股はワニ皮のようにパンパン!だったそうです。でしょうね、その前の日にサロンパス貼りまくってもらったんですがピクリともスーッともしませんでしたから... |
あれからまだ2日ですけど、マッサージのお陰か、風邪も少しマシになり、鼻水とくしゃみは出るものの、喉の痛みはかなり無くなりました^^寒さにまだ慣れていないってのもあると思いますが、早くスッキリしたいものです。皆さんもお気を付け下さいましー。 |
うに思います。これは、何だかんだと自国を嘆かわしく批判しながらも、心の中では文化的な奥ゆかしさ、民度の高さ、高い技術を持ち、仕事は勤勉で緻密であり、気配りには綿密である類似無き国民性、そのような国に生きる民族として陰ながら誇りを持っている日本人と通じるような気もします(笑) 良く言えば陽気で明るい民族...悪く言うと自己的でいい加減(^_^;) 仕事はちゃんとやってるですけど、他人や客の気持ちなんてお構いなし。店のレジやなんかで相当待たされるコトがあって、さすがにイライラしました。終業時間が来たらネジ締めが途中であってもスパナ放って帰るという国民性ですから(笑)でも、悪気は全く無いんですね(´艸`) いや、悪気が無いからこそ厄介なのかも知れません。それと、この国の福祉がどうなっているのか解りませんが、物乞いが結構目につきました。紙コップを持ち歩いて観光客に金をせびったり、路上に空き缶を置いて突っ伏したままの老婆、両足を膝上から無くした男性など。生活保護を受けられない処を見るとひょっとすると移民なのかも知れませんね。 移民と言えばあらゆる観光名所にジプシー(殆どが黒人)が居てまがい物のスカーフや日傘などを旅行客に売ったりして生計を立てています。それとスリがもの凄く多いと聞きます。それも単独ではなくて集団スリ(*゚Д゚) うまく声を掛けてはチームワークで財布を抜き取るんだそうです。後は観光地での声掛け商売。「写真撮りましょうか?」なんて以ての外!撮ってもらうと、カメラを形にお金を要求されるそうです。それも見た目でそれとは解らないんです。何処の教会だったか忘れましたが、気の良さそうなオバサンが声を掛けて来ました「ニホンノカタデスカ?」カメラを持っている風体は、如何にも観光客のようです「シャシントリマスカ?」カタコトの日本語でそう言いますが、それはオカシイでしょ(^_^;) こちらを日本人と確認して写真を撮ってあげようとする。本当は好意なのかも?知れませんが、ここは君子危うきに近寄らず、ご丁寧にお断りさせて頂きました。 そんなお国柄もあってか、ジプシー達が観光名所で売っている物に自分撮り用のアダプターというのがありました(笑) 伸びチジミする金属の指し棒のような形状で先にスマホをセット出来るようになってて、延ばせば1.2mくらいに伸びます。で、タイマーを押して伸ばすと、あーら、ちゃんと写真が撮れました(^▽^)というシロモノ。ま、そんな治安の宜しくない国ではありますが、凶悪な犯罪は少ないらしく、ひったくりはたまにあるものの、強奪なんてことはまず無いとのコトでした。スリ、置き引きがメインなんだそうで...ま、その昔「自転車泥棒」なんて映画もあったくらいの国ですからね。 あと、面白いと思ったのが落書き。アメリカに始まって、今や日本でも問題になってるスプレー落書きですが、イタリアも同じようなコトする馬鹿者が結構居るんですね。あちこちに例の落書きがしてあります。(-。-*) うーん、やれやれ...なんて思って見ていたら、あることに気付かされました。落書きされているのは、仮設の塀や店のシャッターなどが多くて、堅牢な古くからの石積みの教会、ホテルはおろか、アパートメントまで古い建物の壁に直接落書きしたものはありません(*゚Д゚) 新しめの建物などは書かれているのを見ましたが...加減が解ってると言うのか、解ってるならヤメロと言うか(笑)可笑しなヤツラです(笑) 最後に食ですが...ハッキリ言って大したコトはありません(^_^;) マズイ物はありませんが、それほど美味い物もありません。彼らは何でもレモンとオリーブオイル、バルサミコ酢で済ませてしまいます。意外に塩っ辛い料理が多いですね、リゾットなんかも結構辛かったです。それに比べて味の無いのが肉、魚料理(-。-*) 塩コショウなんて思い付かない国ですから、岩塩パラパラだけで肉を焼いてある。ソースも置いてないからバルサミコ酢なんかで騙し騙し食べる始末(≧д≦) それにどんなレストランに行っても盛りつけがいい加減。まるで何処ぞの家庭料理みたいな感じで出て来ます。見た目なんて気にしない気にしない(爆) お前ら、金取っとんのやろが!ヽ(`Д´)ノなんて思う物の、それがイタリア料理なんだと思います。 これ食べると日本のイタリア料理なんて最高に美しいし、最高に美味いと思えます。何と言っても食のバリエーションが少な過ぎますよね...和食、洋食、中華、肉料理、鍋料理、寿司、お好み焼き、麺類(うどん、蕎麦、ラーメン)何でもござれ、何でも美味いという日本とは違います。出汁を基本とする我々日本人の食文化の高さをしみじみと感じました。ただ、彼らも日本に来て日本の料理を食べると、きっと美味い!と感心はするんだろうけど、「でも、やっぱりイタリア料理でなければネ」なんて言うに違いないと思います(^▽^)そんなイタリアですが、また行ってみたいですね。今は上辺だけしか見てませんけど、もっと色んな発見があるんだろうと思うとワクワクします。 |
そこでエリートを引っ張り出して引き比べ大会(笑) エピフォン・エリート、定価13万円、方やエピフォン・テキサン定価6万円...比べるのは酷ですが、一通りチェックしてみましょう。まず重さが全然違います。さすがによく乾いた良い材料を厳選して作ったエリートは非常に軽いです。ま、テキサンはポリウレタンの塗料をドップリと塗ってあるので、薄いラッカー塗装のエリートより塗料だけでも重いのは確かですね(^_^;) 音の鳴りは、やはりボディの振動が違うのでエリートよりかなり引っ込んだような感じを受けますが、単にこのギターだけを聴いた場合にはジャキっとしたギブソン系らしい音だなと思われます。意外と低音域がよく出るような気がします。低音弦の音鳴りだったらエリートよりいいかも...ってんで「Rocky Raccoon」のギターをこいつで弾き直してみました。この曲、指弾きなんですが、ルート音(低音)がボーン、ボーンと強調されてるんですよね。エリートで緑った時、この部分が今ひとつ弱くて不満だったんです。ま、オリジナルはエピフォンじゃなくマーチンD28だから全然音質は違うんですけど、なんとか感じだけは出ましたかね(^_^;) あと、ボーカルをかなり歌い直してます。ホント難しいんですよね、この曲...最終的なYou Tube versionはもう少し掛かりそうです。 |
2014,11.01 (土) ローマ最終日 | |
さぁ、いよいよ最終日。今日はローマで1日自由行動となってます。オプションでカプリ島へ「青の洞窟」を見に出掛けたペアもありますが、私たちは折角だからローマ市内を散策しようと...朝からローマの景色を一望出来るというサンタンジェロ城へ。よく解らないローマの地図片手に歩いて行きましたが、案の定間違えてポポロ広場に出てしまいました(笑) "地図の読めない男"みたいにお笑いでしょうが、ローマの道って方向が無茶苦茶で縦横無尽だからホント解りにくいんですよ。それに地図もいい加減だしね(^_^;) 他のペアもかなり迷ったそうです(笑) |
間違えはしましたが、すぐさま方向転換してサンタンジェロ城に到着しました。この日は朝からマラソン大会があるらしく、大勢のイタリア人ランナーがお城の入り口前に集まってました。日本もそうですが、イタリアもジョギング、マラソンブームなんでしょうかね。この城は、ローマ帝国皇帝のひとりハドリアヌスが自らの霊廟として139年に完成させました。その後は要塞化して軍事施設として使用されはじめたそうです。結構な規模のお城です。 屋上に上がると360度ローマの街が見渡せます。何処も彼処も美しい建物で埋め尽くされた、如何にもヨーロッパらしい美しい景色です。ここに景色を眺めながらお茶出来るカフェがあると言うので行ってみました。カプチーノを頼んでテラスで味わってましたらウミネコ?みたいな鳥がやって来ました(*゚Д゚) どうやらエサのおねだりのようです。 |
次に行ったのがナボーナ広場。3つの噴水があって、ここも観光客で賑わっています。中央にある噴水は4つの大河(ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川)を擬人化した彫像でバロック時代にジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって造られたものなんだそうです。この習作のミニチュアがサンタンジェロ城に飾られていました。その広場の前にあった教会に入ってみましたが、ここらの教会って何処に入ってももの凄い造りですね、驚きます(@Д@) 流れで次に行ったのがパンテオン。元は紀元前25年に建てられたのが焼失して、今あるのが紀元128年に再建されたものだそうですが、それでも凄い(*゚Д゚) 中は一つの円形のお堂になっていて天井を見上げると丸い孔がポカンと開いてます。ま、孔っても直径4〜5mはありそうですけど...で、仕事がら閃いた。あれって開きっぱなしだから雨が降ったらどうなんだろ?と(笑) 絶対に排水が有るはずだと床を捜しまくったら、5カ所ありました。解らないように上手くデザインされていて殆ど気付きません。紀元前後にここまでの技術があっただなんて...つくづく感心しました。 |
お次はアルジェンティーナ神殿跡。ここはモロ遺跡なんですが、この中で野良ネコを飼っていると言うから驚きます(笑)ネコ好きのヨメですから、行くのは当然(^_^;) 遠くてあまり見えませんでしたが、10数匹は確認しました。ここで昼食タイム(^▽^) そこらの店でホットドッグ買って、このニャンコの遺跡に腰掛けて食べました。 食事が終わって次は、かつてイエズス会の本拠地だったジェズ教会。イエズス会と言えば?そう、フランシスコ・ザビエル。ここの教会にはザビエルの右手が奉られてると聞いて、怖いモノ見たさで入場(笑)中ではミサが執り行われていて、祭壇の前で神父さんが聖書片手に説法をしているようです。参加者は50人くらいでしょうか...お祈りをしている処を写真に撮るのはタブーで、してはいけない事だと聞いてたので終わるのを待つことに(^_^;) 少しして人々が中央の通路に集まり、ゾロゾロと前に歩き出しました(^▽^)おお、終わったんだな、さてザビエルの右手は祭壇にでもあるのかと前に進む信者の人々の後ろについて行きました。 |
段々と進んで行くうち、これはおかしい(*゚Д゚)と気付きました。前に立つ神父さんの前に一端ひざまずき、立ち上がって神父さんに何か口に入れてもらっているようです。(*゚Д゚)あれは聖水!このままだと洗礼を受けることになります。これはヤバイと思いましたが、戻るに戻れず、すかさず教会の椅子に腰掛けました。すると信者の人達が再び席に着き、またもやミサが始まりました(笑)
立つに立てず、戻るに戻れなくなりました(^_^;) ひゃ〜どーしよ...ヨメと顔を見合わせましたが、どうにも出来ず手を組み合わせて祈る振りを(爆)その後10分程でミサは終わり、解放さてやれやれ..(*´Д`)=3 ヨメはこの出来事がとてもおかしかったらしく、私があのまま神父さんの前でひざまづき、口を開けて聖水を放り込まれていたと想像しただけで笑いが止まらなくなったんだそうで、笑ったらいけないと椅子に座ってる間、堪えるのに必死だったそうです。 |
次に向かおうとしたのが古代ローマ時代の遺跡「フォロ・ロマーノ」昨日の夕方、上の道路から見たあの場所です。地図を片手に歩きますが、どうもよく解りません。迷いながら入り口があると書いてある処に行くと閉鎖されていたりで焦りました(^_^;) 閉園1時間前の3時半にギリギリ間に合いました。屋上庭園に人が登っていたのが見えたのでそこへ行こうと、その入り口を捜すもなかなか解りません。必死の思いで歩きましたが、途中の庭園までしか行きつけなかったようです。 しかし、何度も言うようですが凄いですよ。古代ローマの国家の政治・経済の中心地で紀元前6世紀頃からあったそうで、西ローマ帝国の滅亡と共に埋もれていたのを19世紀に発掘したそうです。閉園は4時半..どうせイタリア時間なんだろう^^なんてナメてたら、管理人のオ |
ジサンが笛をピッピ鳴らし、指さして帰れと言う。まるで羊追いの犬のようです(笑) 観光客は履かれるかのように出口に寄せられて行きます。オジサン手慣れたもんですね(^_^;) 朝から歩きっぱなしで、さすがに疲れたのでタクシーで帰りました。途中でスーパーに寄ってお買いモノ^^ お菓子やチョコレートは何と言ってもスーパーがお買い得です。 夜は地下鉄に乗って2駅先のレストランに行きましたが、壮絶なまでの満員電車に驚きました。日本の通勤ラッシュより凄いと言ってた人もいました(^_^;) スリが横行するハズです。ムール貝のケチャップソース煮やスズキの塩竃などを頼みましたが、薄味、大味でイマイチでしたね(>_<) 明日は帰国です。 |