Episord 69 渡りに舟

 インドでの2カ月間、ジョンは真剣に瞑想に打ち込んでいた。しかし、彼は抱えている問題を見つめることは出来たが、それをどのように解決するかという処で止めてしまった。このことが意外と重要なことなのかも知れない。
マハリシの元で瞑想による自己改革を行おうと試みていた時期は、既にジョンがヨーコに会った後なのだ。インドへもヨーコからの手紙は毎日届いていたと言う。ジョンは、妻であるシンシアにさとられないように、ヨーコからの手紙を受け取れるようにしていたのだ。

ジョンのヨーコに対する想いは、彼女の考え方に共感して、少しずつ興味を持って行ったという見方と、一気に燃え上がったという見方とで二分されている。
表向き、ジョンとヨーコは前者のパターンであったように語っているようだ。インドでの瞑想体験中も、ジョンの心には常にヨーコがあった。当然、罪悪感があったとみるべきだろう。何故ならば、もし、シンシアと離婚することになれば、息子のジュリアンに自分と同じ辛い体験をさせることになるからだ。シンシアと共にインドに行ったのは、何か、より良い解決策が見つかるのではないかという期待もあったではなかろうか。

しかし、気持ちの赴くままに行動していたジョンが、やっと自分の抱えている問題を見つめることが出来るようになった処で、瞑想に興味の無かったアレックスが、あることないことを吹き込み、元の世界に戻るべきだと誘いをかけたのである。
これは、穿った見方をすれば、ジョンにとっては“渡りに舟”だったのかも知れない。ジョンは確かに瞑想によって、自分を見つめる喜びを感じ始めていたようだ。しかし同時に、それと同じだけの苦痛も感じていたのではあるまいか。
顕在化した問題と潜在化した問題とで、アンビバレンスに引き裂かれそうな状態だったかも知れない。そして、それこそは、もう少しで自分自身と折り合いが付けられる前段階だったかのも知れない。瞑想体験を続けていれば、ジョンは、自ら回答を導き出せたかも知れない。

まあ、これは私の勝手な想像である。
しかし、シンシアは、ジョンが吹き込まれた情報を真に受けて、インドを去ることにした時もマハリシを擁護している。シンシアの言葉はこうだった。
「混乱と非難の後に、怒りと攻撃心が生まれた」
「マハリシは弁護する機会も与えられず、告発され、判決を受けた」
「翌朝、誰も目覚めないうちから、アレックスは空港へ向かうタクシーを手配した」
「全ては素早く進められ、私達の手に負えなくなっていた」シンシアの述べているのは紛れもなく客観的事実と思われる。しかし、一方で、ジョンのこの性急な決定はどうだろう。
後にヨーコは、ジョンとの結びつきを語るときに、鬼の首でも取ったようにこの時のことを語るのだ。
「世間は私をそれほどペテン師だって思っているのかしら?ジョンは大賢者(マハリシ)を2カ月で見抜いたのよ。2カ月よ。じゃあ、私は世界一のペテン師ってことになるわね。だって私は13年も(当時)一緒に居るんだもの」

しかしながら、ジョンはいったい何を“見抜いた”というのであろうか。当時、シンシアは不安を抱えながらも、インド行きに期待を持っていた。ジョンとの関係が修復出来るのではないかと。

これに対して、ヨーコの方はと言えば、むしろジョンと自分との関係に疑心暗鬼になっていたとしても不思議ではない。毎日せっせとジョンに手紙を書いていたと言うことからすると、私のようなへそ曲がりなどは、もしや...などと考えてしまう。しかし、そう考えても不思議ではない条件は、確かに揃っているのである。

よくマハリシのことを知らなかった時、前述のヨーコのこの言葉を読んだ時には、ほう、そういうことがあったのかなどと思ったものだ。しかし、これは、あまりにも、ヨーコにとって(そしてジョンにとっても)都合のいい解釈ということになるのではなかろうか。
ジョンはインドを去り、ロンドン行きの飛行機に乗るや、ぐいぐい酒を飲み始める。久しぶりのアルコールの所為かどうか、シンシアに、かつての女性遍歴を語りだしたという。これは立派な言葉の暴力ということになるだろう。そしてケンウッドに戻ると、再び、酒とドラッグづけの日々を過ごすことになる。
この頃のことなのである。アップルで自分が「イエス・キリストである」と告白したのは。

ジョンとピート・ショットンは、その夜、遅くケンウッドに戻る。ピートは疲れ切って、早く休みたかったのだが、ジョンがこう言い出した。
「そうだ、ヨーコに電話しよう。彼女のことをもっと知りたいんだ。絶好のチャンスじゃないか」
“絶好のチャンス”もないものだと思うが...ジョンはやっぱり、どうかしていたと言うべきだろう。あるいは、「意馬心猿を制し得ず」と言うところか。
ジョンはロンドンのヨーコに電話して、タクシーでケンウッドに来るように説得した。タクシー代はこっちで持つからと。もっともジョンは全くお金を持っていなかった。彼はお金を持つという習慣が無かったのだ。シンシアが居なければ、どうにもならないわけだ。

ジョンはヨーコを乗せたタクシーが着いてから、やっとそのことに気が付き、慌ててピートに金を貸してくれと頼んだと言う。確かにどうかしてる。
「ヨーコは怯えて緊張しているみたいだった。色々話していたけど、何を言っているのか、僕には聞こえなかった。半時間ほどぎこちない会話につき合ってから、僕は寝室に退散したんだ。二人を残してね」(ピート・ショットン)


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