Episord 70 信じられない光景

 ジョンとヨーコの出逢いについては、色々と語られているが、ピート・ショットンの話は書かれていない。少なくとも私の知る限りでは、インディカ・ギャラリーでの2人の出逢いには、彼の存在を感じることさえ出来ない。
その後になっても、ジョンとヨーコは、2人が出会った時、ピートの存在など無かったかのように語っている。しかし、PAとしてのピート・ショットンは、いつもジョンの傍に居たのだ。
それがたとえ、“ピス・アーティスト”であろうとなんであろうと。
ピートのヨーコに対する第一印象は、“36歳の日本女性アーティスト”という以外に何も無かった。とりたてて強い印象も受けなかったようである。
「彼女は、自分の展覧会に出資してくれる大金持ちの若い男に興味を持ったんだと、そう思ったよ」そして、ピートの言葉によれば、このあと彼はジョンと共に、ヨーコを彼女のアパートまで送っている。

これは、あまり記されていない逸話ではなかろうか。しかし、だからといって、2人がすぐに燃え上がったというわけでもないようである。
「僕が運転して、後ろにジョンとヨーコが乗った。僕が覚えている限り、2人はその時、一言も口をきかなかったと思うよ」
まあ、お互いに興味を抱きつつも、様子を窺っているという感じだったのだろうか...

さて、再びジョンが、シンシアの不在をいいことに、ヨーコをタクシーで呼び寄せた翌朝の話に戻ろうで。
ジョンの様子で、ピートはいつもと違うなと感じたという。ジョンの“遊び”に慣れっこになっていたピートが、すぐ感じた違いは何だったのだろう。ジョンは、ピートにこれから時間があるかと尋ねる。ピートは、てっきりアップルに出掛けるのかと思ったのだが、違った。
ジョンは、「家を探して欲しい」と言ったのである。
「家ならあるじゃないかって言うと、『別の家だよ。ヨーコと一緒に住む家が欲しい』って言うんだ」なるほど、いつもとは違うと感じたはずだ。
「ずっと待ち望んでいたものにようやく、巡り会えた。もう何もかもどうでもいい。ビートルズも、金も、どうだっていい。たとえテントしかなくも、僕はヨーコと一緒に暮らすって、ジョンは言ったんだ」

「それから、ジョンは2階に戻って行った。1分でもヨーコと離れていたくないって言ってね...」それでもピートは、この時点でのジョンのことをとやかく言うわけではない。その後も、ヨーコが自宅とジョンの住まいのケンウッドを行き来するの手伝うのだ。
車の中で、このジョンの“親友”は、ビートルズのメンバーのこと、そしてアップルがどんなふうな会社であるのかといったことを説明している。
しかし、いかに“親友”と言えども、こんなことを頼まれた時は、断った。
「ジョンにイタリアに行って欲しいと頼まれた。シンシアがそこにいるから、僕が新しい恋に落ちたということを伝えてくれって。僕は、断ったよ。シンシアとは仲のいい友達だったからね」ピートの代わりにイタリアに行ったのは、なんとなんと...あの、アレックスだと言うから、いやはや、何を云わんやでる。

やがてシンシアが帰宅する。その時もピートは、一部始終を目撃している。
「彼女が帰宅したとき、ジョンとヨーコは一緒に朝食をとっていた。カーテンは閉めたままで、周りは汚れた皿がいっぱい。おまけにヨーコはシンシアのネグリジェを着ていたのさ」信じられない光景だ。
信じたくもない。しかし、すべては事実なのだ。

ジョンは、シンシアに、「やあ」と一言、声をかける。
そして、すべては終わった。

こんな事実を知ったあとでは、後にジョンの語るlove&pieceも、随分、イメージが違ってしまう。そんな風に感じるのは私だけだろうか。その後も、ピートには、ジョンとヨーコのための家探しという仕事が待っていた。
ピートは散々駆けずり回って、これだという家を探し出す。画廊のあるゴシック様式で、ジョンなら絶対に気に入る筈のアンティークのオルガンも置いてあった。2人をその家に案内すると、思った通り、ジョンは気に入った。
「ところが、翌日になって、やっぱりヨーコは気に入らないらしいって言うんだよ。僕は頭に来て怒鳴ったよ。それなら自分達で家を探せよ。不動産屋を回ってチラシを集めて、物件を見て回ればいいじゃないかってね」

ビートルズの知人であるロバート・フレイザーは、ロバート・フレイザー・ギャラリーを主催していた。彼はヘロインに手を出して、刑務所生活を体験している。
ポールはジャンキーにはならなかったが、ジョンは彼を通してヘロインに溺れた。もっとも当人は、多くの体験者のようにそれを否定している。その根拠となるのは注射をしなかったからだというのだが、鼻から吸い込んでも、体に現れる症状に変わりがある筈はない。
「僕はどんなクスリも注射したことがない。“痛み”がある時は、2人で少しだけ吸ったことはあるけどね」2人と言うのは、ヨーコと2人と言うことである。
「僕もヨーコも非道いことを言われていた。僕らがヘロインをやったのは、ビートルズや他の連中が僕らを非道い目に遭わせていたから、その状態から逃げるためだった」
ようするに逃げたわけである。

ヨーコは、ロンドンに来た当初、ロバート・フレイザーに、自分の個展を開いてくれるように頼んでいる。
このとき断ったロバートは、のちにジョンに個展を開かないかと話を持ちかけ、再婚したばかりのジョンはヨーコと一緒の個展を開く。事実上これは、ヨーコのアイディアそのもので、彼女の個展と言ってよいものだった。
ヨーコはジョンと一緒になることによって、かつて断られたロバート・フレイザー・ギャラリーでの個展を開くことが可能になったわけである。ロバートは、当時、ポールにこう言っていたという。
「あれはかなり厚かましい女だよ。有名になりたい、有名になれるなら手段を選ばないというね。彼女なりのキャリアがあるわけさ」


69 71