Episord 61 エプスタインの死

 ジョーアンは、チャペル・ストーリーのエプスタイン邸に着き、そこからサセックスのキングスレー・ヒルに電話した。そこには、まだエプスタインに誘われた客である2人が居るはずだった。ジェフリー・エリスとピーター・ブラウンは、エプスタインが急にロンドンに戻った理由を田舎の静けさに飽きてしまったからじゃないかと答えた。
ワインを飲んでいるにも係わらず彼は自分で運転して行くと言い張ったと言う。ジョーアンは、状況を説明し、ドアを破ろうと思っていると伝えた。ピーター・ブラウンは、よしたほうがいいと言った。以前、同じようなことがあってドアを破って入り、エプスタインが怒ったことがあったのだ。しかし、ジョーアンは同意しなかった。彼らは楽観的過ぎると思ったのだ。彼らは、この微妙な感覚に気付いていない。

ジョーアンは、ドアを壊す前に医者を呼んでおいたほうがいいと考え、それを電話の向こうのブラウンに伝える。ブライアンの主治医とは連絡が取れなかった。そこで、近所に住んでいるというブラウンの主治医が呼ばれることになった。
この間、ずっとキングスレー・ヒルとの電話は繋ぎっぱなしにしておいた。医師が到着し、アントニオ(執事)とジョーアンの3人は、エプスタインの寝室のドアの前に行った。
ノックする。やはり、もの音1つしなかった。ジョーアンがドアを破りましょうと言い、男2人は、ドアに体当たりする。羽目板張りのせいか、ドアはあっけなく壊れた。
 
医師が中に入る。アントニオがそれに続いた。しかし、ジョーアンは入ろうとはしない。室内は暗かった。エプスタインはベッドの上で窓を見るように横向きに寝ていた。
パジャマを着ている。そばには開封された手紙、「イエロー・サブマリン」の仮台本等があった。サイドテーブルにはレモンが入ったコップと、薬瓶が数個。

医師は言った。
彼は死んでいると...

アリステア・テイラーが遅れて到着した。ジョーアンは1階まで駆け降り、玄関を開けて彼を迎え入れる。アリステアはタクシーがなかなか捕まらず、遅れてしまったのである。
遅れた理由を説明しようとした彼は、ジョーアンの顔を見て、事態を把握した。

家政婦のマリアが泣き叫んでいた。
「なぜ?なぜなの?

マハリシのもとで「瞑想」を学んでいたビートルズの元に、ピーター・ブラウンから電話が掛かる。エプスタインの死は当然ながら物凄いショックだった。
彼らはマハリシからこう言われたという。
「彼に素晴らしいエネルギーを送ってあげることしかありません。それ以外に出来ることはないでしょう。瞑想して気分を良くする。それ以外にありません」

当時、エプスタインの家族から、ビートルズの反応があまりにも冷た過ぎるという発言があったようだが、それにはマハリシの影響も相当あったのは事実のようである。ビートルズの中で誰よりも衝撃を受けたのはジョンだった。

「ブライアンの死は大事件だった。もし瞑想をやっていなければ、この事実を受け止めて活動を続けていくことはもっと困難だったろう。これからは、僕らがマネージャーの役を務め、決断を下さねばならない。これまでも行動の責任はあったけれど、そこにはいつも彼の存在があった。だからショックだった。マハリシの話を聞いてなんとなく落ち着けた気がしているけれど」

しかし、もっと後には、そのショックがかなり深刻だったことを窺わせる発言をしている。
「あの時は困ったことになったと思った。僕らは音楽以外には何の才能もないと思っていたからね。恐ろしかった。『これで僕らもおしまいだ...』そう思ったよ」

1967年9月8日。ロンドンでエプスタインの死についての審問会が開かれた。秘書のピーター・ブラウンや家政婦と執事の夫婦等々、そして医師達も証言している。検死解剖報告は、病理学者R・ドナルド・ティア博士によって行われた。エプスタインの血液中から168ミリグラムのブロマイドが検出され、ペントバルビトン、アミトリプチリンも確認された。しかし、リブリウム、アルカロイド、アンフェタミン等は存在しなかった。
ただし、血液中のブロマイド数値はきわめて高く、それはカルブリタールを長期服用することによってのみ起きる状態だった。(カルブリタールには、ペントバルビトンとブロマイドの両方が含まれている)ブロマイド値が上がると注意力散漫になり、思考力は低下する。エプスタインはブロマイド中毒寸前の状態にあった。血液中にブロマイドが検出されるには、1回の服用ではなく何週間もかかる。死因はカルブリタール中毒によるものとされた。

エプスタインの主治医は、エプスタインがアジアから返って腺熱にかかったこと、しかしそれは回復に向かっていたこと等を告げた。その後、鬱状態になった経緯があるが、それは働き過ぎによる疲労が原因だろうと述べた。睡眠薬としてカルブリタールを毎晩2錠飲んでいたことも証言した。
しかし、ブロマイド中毒の問題は全く考えなかったとも語った。カルブリタールはきわめて安全な睡眠薬で、広く使用されているものだからだ。
ウエストミンスターの検死官が、事故死という見解を述べた。ブライアン・エプスタインの死は、不注意な過剰服用によるカルブリタール中毒が原因であると。

審問会の判定は、エプスタインの死が偶発的な“事故死”であることに疑問の余地は無いというものであった。エプスタインの友人達も、納得せざるを得なかった。
もし自殺ならば、一度に大量摂取する筈だが、彼の場合、そうした兆候は見られなかった。ただ、薬を飲むことに慣れてしまい、「不注意な投薬量の増加」傾向があったのは確かだった。おそらく、薬の影響で注意力散漫な状態になり、致命的な漸加蓄積が起こったのだろう。
しかし、それでもなお、いわく言い難い疑問は残った。それは、ブライアン・エプスタインが、常に周囲の予想を超えた行動をとる人物だったということに過ぎないのかも知れないのだが。


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