Episord 62 マハリシ・マヘシ・ヨギ

 エプスタインが亡くなった当時、ビートルズはマハリシの「超越的瞑想」に夢中になっていた。この「超越的瞑想」とは何であるのか。ある時期、間違いなくビートルズに影響を及ぼしていたと思われるマハリシとは、一体いかなる人物なのか。エプスタインの死をその当時のリンゴは、このように答えている。
「僕たちはマハリシから悲しんではいけないと教えられた。エプスタインの魂が、僕たちの感情を感じる取るから...僕達が幸せになろうとすれば、エプスタインもまた幸せになれる。でも、重要なのは自分本位にならないことなんだ。悲しくて落ち込んでしまったら、それは自己憐憫に過ぎない。それは何かを失った自分自身に同情しているに過ぎないんだ」

私などは、これは本当にあのリンゴが言った言葉なのだろうかと疑問に思ってしまうのであるが、雑誌記者のインタビューに答えたものとして記録に残っている。しかし、こうした態度では、エプスタインの家族から、ビートルズの態度があまりにも冷た過ぎるという風に思われたのも致し方ないかも知れない。
マハリシの超越的瞑想は、なるほど世間的な常識を超越していることは間違いない。リンゴは、エプスタインに対して、他の3人とはまた違った感情を持っていただろう。

ピート・ベストをクビにして、新しく加わったリンゴは、エプスタインには特別な思いがあったとしても不思議ではない。当時、リンゴに向けられたかも知れない怨嗟の声は、殆どエプスタインが被ってくれたのである。
「すごく誠実な男だった。エプスタインには感謝したいことが山のようにあるんだ」そうした気持ちが、エプスタイン家の人々に素直に伝わらなかったとしたら、全く残念なことではないか。エプスタインは、ビートルズが熱心にその教えを学んでいたマハリシというインドの僧侶を信用していたとは思えない。

彼には、ビートルズのように長期休暇をとるといった選択肢は無かった。ビートルズが再び活動を再開するまで、彼は、いつでもそれに対応出来るように気配りしていなければならなかったのである。ビートルズの中で、おそらくもっとも自己本位では無かったリンゴは、かなり熱心にマハリシの教えに耳を傾けている。
「あの頃、僕は自分について僕の存在とは一体何なのか、そして世界とは何なのか、色々考えていたんだ」ビートルズの一員になるや、普通ではあり得ないほどのスピードで、頂点に登りつめてしまった若者としては、当然のことだったのかも知れない。

リンゴとモーリン(当時の妻)、ポールとジェーン(かつての恋人)が、既に、ジョージとパティ(当時の妻)、そしてとジョンとシンシア(当時の妻)が滞在していたマハリシの瞑想道場に着いた時、“涅槃”を目指すために信じがたいほど多くの人々がやって来ていた。
それぞれが、自分達にとって新しい教えが、何か特別なものをもたらしてくれるのではないかと信じていたのである。

ジェーンやシンシアは、この宗教体験が冷えつつある恋人あるいは夫との仲を戻すチャンスになるのではないかと考えたのではないかと、後から言われている。有名人としては、女優のミア・ファーロー、ビーチ・ボーイズのマイク・ラブ等も参加している。

マハリシの教えが、何故そのように多くの人々の注目を浴びたのかは興味深い。それはマハリシの教え方が、ある意味で西欧的だった...あるいは西欧人に受け入れやすいものだったということがあったと言えそうである。

1918年生まれのマヘシ・プラサド・バルマーは、アラハバード大学を物理学の学位を取って卒業という意外な経歴の持ち主である。その後、彼は、13年間、サンスクリット語と聖典を学ぶ。そして1959年、自ら「マハリシ」と称した。
元々は前述のとおり「マヘシ・プラサド・バルマー」という名前であるが、彼の名乗った「マハリシ」は、「偉大なる魂」という意味だと言う。私のようなヘソ曲がりは、それだけで、なんだかな...と思ってしまうが、そんなことは気にならない寛容な人々によって、彼は支えられて行った。

彼の主催する会には、英国人だけで1万人以上(当時)の会員がいた。そこで、マハリシの教えを実行すれば、生産力の向上、睡眠時間の減少、あらゆる識別能力の明晰化等々を約束していたという。毎日、短時間の瞑想をするだけで、自我を少なくし、悪を減らし...まあ、要するに最終的には、純粋至福体験状態に到達するのだという教えである。
ビートルズの中では、ジョージが最初にこれに興味を示した。(きっかけは、パティだったようだ)ジョージ夫妻が絶賛したマハリシの教えに他のビートルズも関心を寄せた。
マハリシの講演を聴き終えた、彼らはマハリシを引き留め、長時間話をしている。そしてついには、そのままバンゴアのリゾート地にある大学施設で行われる「10日間入門コース」に参加することになるのだ。

彼らはエプスタインを電話で誘おうとしたが、彼には先約があった。果たして、用事がなければ、エプスタインは参加したろうか。甚だ疑問である。ビートルズが、思い付くままに電話し、誘った結果、ミック・ジャガーやマリアンヌ・フェイスフルといった顔ぶれがこの入門コースに参加することになる。
今からすると、何だか怪しい雰囲気である。この時のマスコミの受け取り方も、まさにその通りだった。彼らの行動は、ほんの気まぐれにしか受け取られなかった。ただ、この話題はマスコミにとって、ネタとしてはいかにも魅力的だった。その所為で大勢のマスコミが彼らの周囲に群がることになる。

だが、ビートルズは真剣だった。彼らに従った友人達も、少なくとも何らかの期待をもっていたこと間違いなかっただろう。そして、この体験中に、“最悪のニュース”が飛び込んでき来たのである。
彼らがマハリシの言葉の教えに従って、“悲しまないように”しようとしたのは、自然なことだった。マスコミ向けの言葉は、マハリシに教わった言葉を言うしかなかったのだ。
だが、もっとも真剣にマハリシの言葉を聞いていた筈のジョージも、後にはこう語っているのだ。「どうしていいかわからなかった。僕らは迷子になってしまったんだ」


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