Episord 58 友人達のことば

 1967の夏。エプスタインの友人達は、こんなことを語っている。
「以前の彼は、いつ会っても笑顔を絶やさず、顔色も良かったのに、急におかしくなってしまいました。何かを気にしているような感じで...いくらお金で立派な別荘を買っても、お金では幸福を手に入れられないということでしょう。彼は、まるで、これから起きる出来事を知っているかのようでした」
「成功すればするほど、彼は孤独になって行った。自分のアーティストに仕事が入っていなければ、打ち合せを兼ねた夕食会でもしない限り、夜は案外、暇なものなんだ。夜というのが厄介な時間でね。彼は自分の気持ちを押し殺すような内気な人間だった。どんなに成功しても、どれほど金があっても、孤独を癒すことは出来なかったんだろう」

明らかにエプスタインはダメになっている。それもどんどん悪い方へ悪い方へと。そう感じた友人は、必死に説得している。「ブライアン、××○○の記事を読んだか?ヤツはドラッグで死んじまったぞ。馬鹿だよ、命を粗末にして...」
しかし、エプスタインはまったく耳を貸そうとしなかった。
「奴は純粋すぎた。バンドの連中と違って、生きるコツを覚えるのが遅かったんだ。ミュージシャンというのは、現実的なんだ。俺達はハンブルグでの仕事なんかで世間との付き合い方を覚えたものだ。
だけど、ブライアンは、そういう基礎訓練をする時間が無かった。いきなり頂点に登りつめ、そこで深みに入り込み、ドラッグに巻き込まれた。そこから抜け出すための知恵も、抵抗するだけのスタミナも彼には無かった。本当にかわいそうだった。でも、俺にはどうしようもなかった...」

彼が全く世間知らずだったということには異論があるかも知れない。これまで見てきて解るように、彼は人並みに挫折を経験している。全く挫折を知らずに出世して、たった一度の失敗で、一気に転落して行くという、そんな人間だったわけではない。
しかし、彼に心を許す友人が無いのは確かだった。何ごとも順調に進んでいる時には、人の言葉に耳を貸さないような自信家の彼も、ひとたび落ち込むと、誰かに救いを求めたのは確かなのである。

古くからの友人で、彼の心を癒してくれたと言われているのは、ジェリー・マースデンだった。
ジェリーとペイスメーカーズのリーダーである彼は、16歳からショービジネスに入った情熱家だった。自分たちの曲は、殆ど彼の手によるものだ。(※一説によるとジョンに「抱きしめたい」の原曲を提供されたが断ったと伝えられている)ジェリーはドラッグには目もくれず、仕事一筋という硬骨漢だった。彼からすると、エプスタインの生活ぶりは我慢出来なかったようだ。
しかし、それでも彼は、エプスタインに対し、実に誠実に対応している。
「彼は、朝の4時とか5時なんていう時間に電話をしてきて、ちょっと来てほしいって言うんだ。僕は家まで行って、酷く落ち込んでいる彼の話し相手をし、励ました」

「彼は孤独な人だった。僕達のようなバンドの人間やシラ(シラ・ブラック)以外には、殆ど友人は居なかった」
「ところが、彼が仲間を必要としていたちょうどその頃、僕等はとても忙しくなっていた。彼が電話して来ても、『ごめん。ブライアン、俺たちクタクタなんだ』と言って、あしらってしまったんだ」
医師の奨めで入院していた時、エプスタインの最大の悩みは不眠だった。さすがの彼も病院内では無闇に薬を飲むことは出来なかったのだろう。相変わらず、仕事の指示をテキパキとこなすかと思えば、次の瞬間、すっかり落ち込んでしまうというように、彼の精神状態は目まぐるしく変わっていった。

だが、それでも音楽に対する情熱は衰えることはなかった。長い長い沈黙を続けていたビートルズの人気の低下を心配した彼は、ジョージ・マーティンに、そのことを訴えた。
あの「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」と「ペニーレイン」のレコーディングは、それがきっかけでビートルズのスタジオ入りを促し、実現したのだという。入院中、ビートルズ全員のサインが記されたお見舞いのカード付き花束が届けられた。ジョンからだった。
「君もご存じのとおり、僕は君を愛している。心からね。ジョンより愛をこめて」そのカードを見て、エプスタインは感激して泣いた。

退院祝いは、自らの手で盛大に行われた。医師から、もっと別荘を利用するようにと言われたエプスタインは、その別荘にビートルズとその妻達を招いた。ビートルズと共に居ることが彼の幸せだったからだ。
だが、ただ1人、ポールだけは姿を見せず、エプスタインを非道く失望させた。この当時、ジョージはインド文化にのめり込んでおり、彼の口からは、当然のようにそうした話題が出た。エプスタインは彼の言葉に興味を示し、ジョージとかなりの時間、話をしている。仕事以外のことで、こうした態度を見せるエプスタインは非常に珍しいということだった。

後にジョージは、この時のことをこう語る。
「悟りの境地の手前まで行っていて、そのまま行けば、新たな境地に達したかも知れなかった」果たして、ジョージの言う悟りとは、新たな境地とは、いかなることであろう。
いったい彼は、エプスタインに何を感じたのだろう。生死を超越したようなイメージが、エプスタインから感じ取れたと言うことなのであろうか。
だが、招待客の何人かは、入口でLSDやマリファナを手渡されたと言う。エプスタインは、体調を崩したのは、あくまでも過労からであって、ドラッグとは無縁なのだと信じていたことになる。

パーティ会場では、ポールに弾いてもらうことを予定していたピアノを代わりの者が弾いていた。エプスタインは「ポールにも来て欲しかったよ」と何人もの客に囁いていたと言う。
「これが僕にとって大切な催しだということは、彼も知っている筈なんだ」ドラッグでハイになりながらも、落ち込んでいる(?)のは、誰の目にも明らかだった。

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