Episord 56 生き甲斐 |
ビートルズはドイツのハンブルグで長時間の演奏をこなした時に薬物を使ったことがあった。アンフェタミンである。当時、すでにマリファナがあった筈だが、彼らは手を出していない。ポールの母親はナースであり、子どもの頃から薬物についてはうるさく言われていたようだ。 |
||
「僕等は二組に分かれてグループになった。僕はジョージとブライアンとでグループになった。ブライアンがちびったタバコを吸う姿は、彼のイメージとギャップがあり過ぎた。 僕等は死ぬほど笑った。ブライアンも鏡を見て笑った。 全員で笑い転げた」(ポール) 「ブライアンは自分のことを『ユダ公』なんて叫ぶんだ。 自分のことそんな風に言うなんて初めて聴いた。最高だよ。僕らにとってこれはもの凄く開放的なことだった」 マリファナは、その時点で、もう不要となった。あとは酒を飲みまくるパーティと突入する。 「一晩中、僕は紙と鉛筆を探し回っていた。寝室に戻ったとき、突如として『人生の意味』が解ったからなんだ。これは何としても書きとめておかなければと思った」そして、それを書いたメモをマル・エバンスに渡して厳重に保管するように言った。 「翌日、メモをみると『7つの段階がある』と書いてあった。『なんだこれは?7段階ってなんのことだ?』なんてみんなで大笑いしたけど、これは宗教にも通じることなんだ。その後、宗教も探究したからね。しかし、ディランにマリファナを教わったなんて、マハリシにマントラを頂いて瞑想の世界に入るようなものだ。これはステイタスだよ」 「マリファナに関する意見は、今も殆ど変わっていない。 ただしアドバイスを求められたら、手を出すなと言うよ。それが確かに一等いい。でも、僕は酒とマリファナを比べたらマリファナの方が無害だと思う。すぐに眠くなるし、暴れて殺人を犯すことも無い」 こうした情報は誤って伝わるとまずいので、音楽と薬物との関係についてポールの考え方を紹介しておこう。 「僕等には自制心があった。作品の向上に結びつかないと思ったらお酒にしてもすぐに止めた。ワインを飲んでレコーディングをしたことがあるけど、酷いものだった。僕等の最高の作品は、正常な環境の中で録音されたものが殆どだ。アイディアを思い付くのは簡単なことじゃない。クスリで酔っている状態だと奇跡でも起きない限り無理な話だ」 ブライアン・エプスタインは、ビートルズやシラ・ブラックとの絆を再確認すると、新たな展開の必要を感じていた。アメリカでの活動はさらに重要となる筈だった。 彼はアメリカでの代理人としてナット・ワイスと契約。契約後、エプスタインは医師から精密検査を受けるように言われる。 エプスタインは入院するが、かなり自由に外出を許可されており、彼が入院したと知っている者はごくわずかだった。 入院後、すぐに重要な仕事が待っていた。ビートルズの新しいアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の発売記念パーティだった。 報道関係者が大勢招かれた会場には、久しぶりにビートルズの4人が顔を揃えた。このパーティの仕切りは、すべてエプスタインがこなした。 テープルに並ぶ豪華な料理、上等なシャンペン、高級ワインなどなど。そうした細々としたことを手配することこそ、彼の最も得意とする処だった。エプスタインは、口数こそ普段より少なかったが、生き生きとしており、とても病人とは思えなかった。ビートルズは、彼の生きがいだったのだ。 |
||
55 57 |