Episord 53 シラ・ブラック |
エプスタインの仕事のメインは、一貫してビートルズであった。しかし、早くから彼が見出した女性歌手がいたことは記憶しておいてもいいだろう。 |
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シラ・ブラックは英国で確固たる地位を占めるスター歌手になっていく。 「彼が居なければ、私はトップの座に着くことは出来なかったでしょうね。私はリバプール出身ですから。リバプールの人間なんて、誰も相手にされなかったんですよ。喋り方のせいで。リバプール人の方言はそれだけでハンディキャップだったんです」 だが、1966年の秋頃になると、エプスタインは一頃の情熱を彼女に対して注がなくなったかのように見えた。シラが公演している会場には、決まって必ず姿を見せるエプスタインが、初日に顔を見せた後、やがて姿を現さなくなったからだ。 シラは自分が全く無視されてしまったと感じた。NEMSのオフィスに電話して、ブライアンと直接電話をしたいと言っても、対応するのは他の人間だった。会社も、以前とは全くイメージが変わってしまった。かつてなら、心の通い合いといったものがあったのに。 「私はブライアンをスーパーマンだと思っていました。なのに、突然、彼も弱い人間の1人だということに気付かされたのです。それは大変なショックでした」 「悩みがあるのならそう言ってくれれば良かったのにと思うと残念です。そうすれば私はもっと我慢できたでしょう。でも、当時は『どうしたっていうのよ!?』という気持ちでした。私はまだ若かったんです」シラはすでに結婚していた。夫のボビーと相談し、エプスタインの元から去ることを電話で告げたのだ。 エプスタインは狂ったようになったという。彼はすぐさま2人を食事に招待した。エプスタインは、自分がずっと悩みを抱えていて体調も良くなかったのだと説明した。 3人はレストランの屋上にある庭に出た。シラは回想する。 「彼はそこで泣き崩れてしまいました。『行かないでくれ。そんなことしないでくれ、考え直してくれ』彼はそう言いました」泣いているブライアンを見て、2人も泣きだした。 「家族を別にすれば、私にとって大切な人間は5人だけなんだ。ビートルズと君だよ。どうか、いかないでくれよ、シラ...」 エプスタインは、この時、家族のように思っていた彼女が自分の抱えている問題を全く理解していないということにやっと気づいたのである。 シラ・ブラックは、彼の元を去らず、もう一度やり直すことにした。しかし、エプスタインが昔通りの仕事をこなすのにはもう限界だった。そのことに気付かなかったのは自分の過ちだったとシラは語る。 ビートルズと並んで誰よりもエプスタインと親しかったシラ・ブラックでさえ、この時までエプスタインの内面を知ることは出来なかったのである。一見、全ては修復したかのように見えた。だがエプスタインは、深く傷ついていた。 薬物への依存は高まるばかりだった。 |
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