Episord 41 エド・サリバン・ショー

 「初めての時はいつも心配だった。外には表わさないけれど、みんなナーバスになっていた。アメリカ行きは大変なことだった。イギリスでは、どうしてアメリカに行かねばならないんだという批判もあったんだ」(リンゴ・スター)
「あのクリフ(クリフ・リチャード)だって、アメリカでは失敗したんだぜ」(ジョン・レノン)

こうした不安を彼らが抱いていたとは信じられない気がするが、事実だった。イギリスでのビートルズの人気は、もう行き着くところまで行ってしまっており、あとはもう下降するしかないと囁かれ出していたのである。
新聞の風刺漫画でも、ビートルズ風のヘアスタイルをした政治家に「これはまた古いヘアスタイルをなさっている!!」など言っているものが登場していた。
「みんなが、今度はデイブ・クラーク・ファイブだなんて言っているしね。とても不安だった」(ジョン)(※デイブ・クラーク・ファイブは「ビコーズ」をヒットさせた)

1964年度2月7日。ビートルズはロンドン空港からアメリカへ向かった。機上でもビートルズの不安は消えなかった。イギリスで、ヨーロッパで成功したからといってアメリカで成功する保証は無かったからだ。たまたま読んだ記事にアメリカ人が自分達に批判的だというものも目に入った。 
午後1時35分、ケネディ空港に到着。そこで彼らの不安は一掃された。
そこには、1万を超える若者達が歓声を上げて彼らを待ち受けていたからだ。

「エド・サリバン・ショー」のリハーサル。 ジョージは体調を崩し、臥せってしまい、出演できそうもなかったが、本番には麻酔を打って出演た。「エド・サリバン・ショー」が放送されている間中、ニューヨークでは路上に駐車した車のホイール・キャップさえ盗まれなかったと言う。それどころか、アメリカ国内で若者による犯罪はただの1件も発生しなかったと記録されている。
翌日、すべての新聞がビートルズを論じていた。
「ビートルズは宣伝が75%、ヘアスタイルが20%、あとの5%が調子のいい嘆き節」
「ビートルズの純度100%の錬金液(エリクサー)から比べればプレスリーは、ドタバタとうるさく生ぬるいタンポポ茶に過ぎない」 侃々諤々、喧々囂...

ここでもイギリス同様、批判と賞賛が相半ばしていた。多くのアメリカ人達にとっては、かつてイギリスがそうであったように、一過性の社会現象として捉えようとしていたようなところがあった。
20世紀アメリカで最も有名なプロテスタントの牧師、ビリー・グラハム(世論調査で、現職大統領、ローマ法王についで「最も尊敬される人物」として毎回上位にランクされた)は、ビートルズを見るというそれだけのために、自らが課した宗教上の規律を破った。つまり、日曜日にテレビを見るということである。そして、そのあと彼は重々しく語るのだった。
「彼らは過ぎ去りゆく現象である。時代の不確実性、我々の混乱の兆候にほかならない」

「アメリカで起きたことも、結局はイギリスで起きたことと同じだった。ただ、スケールが十倍だった。だから最初は、すべてが初めての出来事のような気がしたんだ」(リンゴ)

「エド・サリバン・ショー」による“効果”は、すぐに現われた。ビートルズは、音楽雑誌ビルボードの4月4日号のシングル・ヒットチャートで1位から5位までを独占し、さらに31位、41位、46位、58位、65位、79位に彼らの曲が名を連ねた。
アルバム部門でも1位、2位を独占。「Can't Buy Me Love」の予約注文は200万枚となった。ちょっと前まで、全く彼らを無視していたキャピトル・レコードの交換手達さえ電話を受けるとこう対応した。
「おはようございます。ビートルズでおなじみのキャピトル・レコードでございます」

ワシントンの大競技場(コロシアム)で、ビートルズの初めてのコンサートが行われた。普段は野球などを行う場所である。その夜、ビートルズはワシントン大使館に招かれ、出席した。
なんと大使館でも、ビートルズに対する扱いは、イギリスとまったく変わらなかった。手に手にワイングラスを持った中年婦人たちがビートルズを取り巻き、サインをねだったのである。
どういうつもりか大使館員はビートルズを連れまわし、館内の来客の相手をさせたり、サインをさせようとした。ジョンは、これを断固拒否。1人の若い女性がリンゴのそばに行き、バッグから出したハサミで髪の毛を切り始めた。ジョンは部屋から逃げ出していたが、ポールとジョージはその光景を目撃することになる。

さすがのエプスタインも、この場も治めることは出来なかったのである。あとで大使夫妻は陳謝したが、ビートルズの怒りは治まらなかった。
「大使ご夫妻はとてもいい方だったけれど、ビートルズはあのレセプションに怒っていた。あれ以来、ああいう種類の招待は全て拒絶するようになった」(エプスタイン)
エプスタインは、この混乱にどう対処するのだろうか。

40 42