Episord 29 ハンブルク

 何故ドイツか。初期のビートルズの活動が、ドイツ、ハンブルグを中心とした巡業だったことは、不思議な気がする。それなりの理由があるのかと言えば、きわめて曖昧な理由からなのであった。
リバプールでエイジェント兼マネージャーとして活動していたアラン・ウイリアムズのホラ話から全ては始まっていた。元々ナイトクラブ経営者として実績のあった彼だが、さらに手広く仕事を始めようと出かけたハンブルグで、当地の関係者に、イギリスではリバプールに優秀なロック・グループが集まっていると吹聴したのである。もちろんウソである。

それを確かめにイギリスにやって来たブルーノ・コシュマイダーは、ウイリアムズの話が全くのでっち上げだったことを確認したのち、ソホーのツー・アイズ・クラブで活動していたトニー・シェルダンとそのグループをハンブルグに誘い、これを成功させるのである。これに気を良くしたコシュマイダーは再び、ツー・アイズ・クラブを訪れ、別のグループを探しに来る。この時、なんと彼に大嘘をついたウイリアムズがクラブにいたのである。ウイリアムズはリバプールからバンドと共にやって来ていた。

どんなふうに言いくるめたものか、あるいは実際に歌と演奏を聴いて確認させたものなのか、いずれにせよ、ウイリアムズが連れて来たバンドは、ハンブルグへ行くことになるのである。デリーとザ・シーニアズという名のそのバンドが、リバプールから初めてハンブルグへ出かけた者たちである。そして、一応の成功を得るのだ。
これでウイリアムズはハンブルグへの仕事の道筋をつけたのであるから、何でも言ってみるものである。今度は向こうから依頼があった。リバプールのグループをと言うのである。
一押しはロリー・ストームズだった。だが、リバプールで最も人気があったこのグループは、すでに先約があり、これを断る。それでは...というので、お声の掛かったのがビートルズだったわけである。

ブルーノ・コシュマイダーが出迎えてくれた。彼らが演奏するクラブはなかなか立派で満足すべきものだったが、実際は、違うクラブへ連れて行かれる。
午後11時にその店に入ると、客はわずか2人だった。控室はトイレ、宿泊はホテルではなく、映画館の屋根裏という待遇だった。眠るのは夜遅くであり、眠ったと思ったら映画の音で起こされた。そんな待遇と、初めての外国ということもあってか、さすがの彼らも初めはビビっていたようだ。
「客の反応はかなり冷淡だった。それでマネージャーが近くの店に出ているグループのように、もっと派手に動き回ってはどうだと言った。僕等はやってみた。最初に僕がやったのは、ジーン・ヴィンセントのように曲の途中で跳び上がることだった」(ジョン)

その気になれば、こういうのはジョンのお得意である。やがて客が増えてくる。噂が噂を呼び、客が溢れ返るほどになった。ビートルズは意外なことにリバプールでは、かなり大人しく演奏していたのだという。
だが、異国の地で、客を惹きつけるために、彼らはステージ上を出来るだけ派手に動き回る必要があった。ジョンはこれを心から楽しんだようだ。
彼は、跳び上がり、床に転がり、あらゆることをやったと言う。ドイツでは、当時のジョンの様子がさまざまに語り継がれていると言う。彼らは、連続して8時間も演奏しなければならなかった。リバプールではせいぜい1時間だったのだから、これは大変である。必要に迫られて、新たな演奏方法を考え出さなければならなかったと言うが、それは当然だろう。

2カ月後、彼らが演奏していたクラブは閉鎖された。近所から騒音で訴えられたのである。それまで、殆ど客が来なかったクラブに午前2時まで人がごった返すようになったのだから、それだけで雰囲気は様変りしたのである。
新たなクラブでの演奏は、よりハードなものだったが、彼らは相変わらずガンガン演奏し続けた。喉が痛くなるまで歌いまくったという彼らだが、大したものを食べずに、睡眠もあまりとらず、酒だけはガブガブと飲みながら、よくも続いたものである。しかも、集まった客同士でケンカが始まる。

「ケンカはみんなくだらないことが原因だった。ハードな仕事にイライラしていたからなんだ。僕等はまだ、子供だったんだ」(ジョン)
このクラブには、同時期にリバプールからもう1つのグループがやって来ていた。ロリー・ストームである。もともとハンブルグでの仕事は、最初、彼らに声が掛かったのだが、何しろ彼らは人気があった。先に契約していた仕事があったのだ。
 ロリー・ストームのドラマーは、休憩時間になるとビートルズの演奏にじっくりと耳を傾けていた。時にはリクエストまでしている。ジョージは当時のことを覚えている。

「僕はロリーのドラマーの顔が気に入らなかった。髪に白いものが混じっていたりして、なんだか厭らしい奴だと思った。ところが、その厭らしい奴が、グループでは一等気のいい奴だった。リンゴだったんだからね」
カスバ・クラブのオーナーの息子、ピート・ベストは、リンゴのことを知っていた。ロリー・ストームもカスバ・クラブで演奏していたグループの1つだったからだ。だが、他のメンバーは誰も記憶していない。カスバ・クラブで演奏していた時には、自分達のことだけで精一杯だったのかも知れない。だから、ハンブルグでの出会いが、ビートルズとリンゴの事実上のファースト・コンタクトという事になる。

ビートルズはドイツに居ても、一般のドイツ人とは殆どふれあいがなかった。彼らが演奏していた地区は、大変な歓楽街で、まともな市民は近付かない場所でもあったのだ。だが、ふとした偶然で、彼らはドイツで初めて知的なファンを獲得する。
クラウス・フォアマンとアストリッド・キルヒヘアの2人だった。
クラウスはベルリン出身の医者の息子。ハンブルグで美術学校に入り、その学校で知り合ったのがアストリッドだった。彼女も写真を学んでいた。2人とも、この頃はすでに社会人だった。クラウスは雑誌社に勤めポスターを描いており、アストリッドはカメラマン助手として働いていた。2人は、学生時代から交際を続けていた。

ある晩、クラウスは映画でも見ようと歩いているうちに、地下から大きな音が聴こえるのに気付く。「何ごとかと思って、僕は降りていった。そういうクラブに入るのは初めてだった。地下の光景は凄かった。客はみんな革ジャンのロック・ファンだった」
後で考えるとその時演奏していたのはロリー・ストームだった。
クラウスは、ただただ驚き、そのまま腰を下ろして耳を傾ける。
「次に出てきた連中の異様な格好に、僕は思わず目を見張った。曲目は『スイート・リトル・シックスティーン』で、ジョンが歌っていた。それはロリーのグループ以上に感動的だった。僕は目が離せなくなった」

「どうしてグループであんな上手に、あんなに強力で風変わりに演奏できるのか僕には解らなかった。しかもステージ上で彼らは絶えず跳ね回っていた。それが多分8時間以上も続いたんだ」翌日、クラウスは、再びやってくる。
彼は、何とかしてビートルズと係わりを持ちたかったのだ。

28 30