Episord 26 スチュアート・サトクリフ |
その夜、ジュリアは、ミミの家で話したあと、1人でバス停に向かった。夜10時20分前に家を出て、1分もしないうちに急ブレーキの激しい音が聴こえた。 |
||
スチュアートがジョンに惹かれた感じは、後年、マネージャーを買って出るブライアン・エプスタインの場合と似たところがあった。 彼は、昼休みにジョンとその仲間のバンドが演奏したのを聴いて、いっぺんに魅せられてしまったのである。当時、ジョンの音楽をそれほど買った人間はいない。前段に登場するセルマにしても、ジョンの曲をまともには聴いていない。何しろ素人が曲を作り、それを歌い、演奏して、成功するなどという概念が無いのだ。 そんな途方もないことは、誰も考え付かなかった。だから、演奏を聴いても評価の対象というものではない。まあ、何かやってるわという程度のこと以上、考えられなかったというのが正確なところだろう。セルマは、当時のジョンについて次のように表現している。 「彼は有名になれる人だとは思いましたけど、何で有名になるかはわかりませんでした。だって、随分人と違ってオリジナルでしょ?」 彼女は、ジョンが喜劇役者にでもなるかと思ったという。爆笑させるというよりも、たとえばレニー・ブルースのように強烈な風刺で、権力者や世の偽善を暴くようなタイプをイメージしたのかも知れない。つまり、ジョンの音楽をまともに評価し、素晴らしいと褒めたのはスチュアートが、おそらく初めてだったわけだ。 彼には非凡な芸術的才能があったが、楽器も弾けなければ、ロック音楽についての知識も皆無だった。にもかからず、彼はジョンとそのバンドの練習を見守り続け、ついにはその一員となるのである。 スチュアート・サトクリフの美術的才能は疑う余地がなかった。彼は、イギリスで有名な「ジョン・ムーアズ展」に絵を数点出品し、賞金を獲得する。それは学生の身分としては大金といってもいい額だった。この時、彼に楽器を買うことを薦めたのはジョンだった。 もう1人メンバーが欲しいと考えていたのはポールとジョージも同じであり、これに賛成した。バンドに欠けていたベース・ギターとドラム・セットのどちらかを選ぶことになり、結局、スチュアートはベースギターを買う。多分、ドラムでは身近に教えてくる者が居なかったからだろう。スチュアートは、ただ、ジョン達と一緒にいるだけで、楽器はまったく弾けなかった。ほかの3人に教わって、ステージに立つのだが、(それこそが彼の望みだった)すぐに上達する筈もなく、彼は客に背を向けるようにして演奏していた。 彼らは素人バンドから一歩踏み出すため、チャンスを狙い、コンクールに出場するようになる。その頃にはすでにクオリーメンではなくなっており、特にバンド名も無かったのだが(一時、ムーンドッグと名のったこともある)、コンテストに出るとなるとバンド名が必要だった。 その時に、ジョンが考え付いたのが「ビートルズ」というものだった。当時、バディー・ホリーとザ・クリケッツというグループがあり、それをヒントに考えついたものだ。 クリケッツにはイギリスの伝統的な球技である「クリケット」と「コオロギ」という2つの意味がある。ジョンもなにかいいのはないかと昆虫の名前を考えているうちにビートル、カブトムシが頭に浮かんだ。 「僕はそれ(beetles)をBeatlesと綴ることにした。これはただの冗談みたいだけど、この方が"beat"ビート音楽らしく見えるだろう?」(ジョン) ビートルズという名前が、こうしてこの時期から使われるようになる。 だが、ユニーク過ぎたのか、必ずしもウケはよくなかった。だから、当初は「シルヴァ・ビートルズ」というバンド名でコンテスト等に出場することになる。 |
||
25 27 |