Episord 19 悪ガキ大将ジョン

 母親のあとを追って行ったジョン。だが、ジョンを育てたのは伯母のミミであった。
ジョンを父親から取り戻したがったのも、実は母親のジュリアではなく、ミミだったのである。ジュリアは、やはり新しい家庭を作って行くには、ジョンの存在が重荷だったのだろう。

子供の無かったミミはジョンをわが子同様に育てる。規律に厳しく、我が儘を許さなかったが、ジョンを殴ったり、怒りに任せて怒鳴りつけるということは一切しなかった。
だが、この家ではジョージ伯父さんが泣き処なのだった。
この人はジョンに対してかなり甘いところがあったようだ。ジョンはミミ伯母さんに内緒で、ジョージ伯父さんに甘えている。だが、両親の両方ともが厳しく育てる家は、そう多くはないだろう。大抵はどちらかが甘くなってしまうものだ。

ジョージ伯父さんは、小さいけれど乳製品を扱う店を経営していた。だから、ジョンはリンゴやジョージほど、貧しい暮らしをしていたわけではないのだ。
ミミは、遊びのための外出も殆ど許さなかった。自分に内緒でジョージがジョンを連れ出していることを知っていたせいもあったのだろうが、年に2回、夏休み期間中にディズニー映画を見に行くこと、そして、もう1つは、この地方で救世軍が主催していた子どもの家に行くことだった。
そこでは、ささやかながらガーデン・バーティが開かれる。幼いジョンは、その日を心待ちにしていたのである。
(※それは「ストロベリー・フィールズ」と呼ばれていた)

ジョンは、7〜8歳頃から自分で本を書いていた。子供なりに編集し、雑誌仕立てに創ったのである。ショートショートやマンガ、映画スターやスポーツ選手の写真、そして小説の連載までもがあった。
「気に入ったら来週も読んで下さい。来週はもっと面白くなります」
ジョンの創作意欲は、子供ながら大したものであった。
これは、個性を大切にしようというミミの考え方から来ているものだろう。たとえ子どもが何かを始めたところで、それを辛抱強く見守り、励まし、心から受け入れてくれる者がいなければ、続くはずがない。
ジョンは「不思議の国のアリス」をたいそう気に入り、登場人物すべての絵を描いた。それに飽き足らなくなると自分を主人公にしてお話を創ったりした。

「僕は何か一冊の本を読むと、すぐその通りにしてみたくなった。学校時代にガキ大将になりたがった理由の1つもそれだね。ぼくが本で覚えた遊びを仲間にやらせようとしたんだ」
まことに順調に、すこやかに...というところだが。

ある日、ミミは、子供達が輪になって、2人の子どものケンカを見物しているという状況に出くわす。子供達は、ジョンの学校の子供ではなかった。また、くだらない子供達のケンカだと、ミミは通り過ぎようとした。
「間もなく、その輪の中から上着を肩に引っかけた恐ろしい少年が出て来ました。私はぞっとしました。それはジョンだったからです」

ミミが知る範囲でも、ジョンは近所のガキ大将というところだった。だが、ジョンが成長するにつれて、いくらミミでも目の届かない部分が出てくる。
学校でのジョンは、四六時中、ケンカをしている少年だった。
体格的に劣るような場合でもジョンはひるむことはなかった.。心理的に有利に立てるように、あらゆる手を使った。

「僕はボスだった。仲間を引き連れて万引きとか、女の子のズロースを下ろすとか、そんなことをやっていた。親達の中で何も知らなかったのはミミだけじゃなかったかな」
ジョンが率いる仲間の親達は、どうしようもない悪ガキとして、ジョンを憎んでいた。ジョンとは遊んではいけない...そん風にまで言われていたのである。

「僕は、そういう親達に遇うと、いつも小生意気な受け答えをして切り抜けた。教師たちの殆どが、僕を嫌っていた」
単なるガキ大将というわけではなかったようだ。
彼は、お菓子屋からキャンディーを盗むことから始めて、ついにはタバコの闇売りまでしたと言う。これはもう、立派な不良と言っていいだろう。

ミミは申し分のない愛情を持って、規律正しく育てた筈であった。それ以上のことを望むのは無理であるというほどに。
だが、ジョンの中では、成長につれて漠然とした疑問が沸き起こって来る。母親のジュリアは、時々訪ねてきた。ミミは、ジョンにいろいろ訊かれるようになる。

「でも、私は事実をそのまま話したくありませんでした。
あの子は幸せでした。それなのに、あんたのお父さんはダメな人だったから、お母さんは他の男の人と一緒になったなんて言えません。ジョンは幸せでした。いつも歌を唄っていました」

ジョンは自分の心を押し隠すようにしていたようだ。ミミはもちろん、3人の叔母達にとっても、ジョンはとても明るい性格で、幸せな子供だったというのが共通した記憶となっているのだが...

やがて中学に進学する。

郊外にあるクオリー・バンク中学でもジョンはケンカに明け暮れる。
「僕が喧嘩っ早かったのは人気者になりたかったからだ。リーダーになりたかった。おべっかをつかったりするのはイヤだった。みんなが僕の言う通りに動き、冗談に笑い、僕をボスにすること、それが望みだった」

小学校のときには、悪さをしても正直にそれを白状して認めたものだが、中学ともなると事情は違ってきた。
「それがバカバカしいということに気づき始めた。いずれにしろ叱られるんだ。僕は何から何まで嘘をつくようになっていった」
この当時、ジョンの仲間だった者は1人減り、2人減りしていく。彼と一緒に居ると学校中から目の敵にされてしまうからだ。

最後まで残ったのは、ピート・ショットンという小学校時代からの悪仲間だった。

「僕らが悪さをして初めて教頭の部屋に呼ばれた時、教頭はデスクで書き物をしていた。僕とジョンを両側に立たせて、教頭は書きながらお説教を始めた。
するとジョンは、ハゲ上がった教頭の髪の毛をいじり始めた。てっぺんにちょっとだけ残っているそれを。ところが教頭は盛んに頭に手をやったが、ジョンがいじっていることには気付かないんだ。これは、もう、ヒドイもんだった。噴き出すのを堪えるのに死ぬ思いをした」

まだ、その先がある。

「いたずらをしながら、ジョンは小便を漏らしてしまった。
ほんとに。短い半ズボンを履いていたからまだ低学年だったと思う。やがて小便がポタポタと床に垂れて濡らしてしまった。教頭が振り向き、びっくりして言った。『なんだそれは?なんだそれは?』」
小便を漏らすというのだから、おそらく恐怖心があったはずだが、それでもいたずらをしていたジョン。本心を覆い隠すために何かをしないではいられなかったということなのだろうか。

いつもジョンの味方をしてくれたジョージ伯父さんは、ジョンが13歳のときに突然亡くなる。これはジョンにとってはかなりのショックだったようだ。

「ジョージはいつもジョンの味方でした。2人が仲よくしているので嫉妬したくらいです。ジョンはジョージの死に打撃を受けたようでしたが、表面には出しませんでした」

ジョージ伯父さんが亡くなってから、ジョンはその欠落部分を補うかのように、ある人物と頻繁に逢うようになった。

実の母親のジュリアである。

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