Episord 11 ピート・ベスト解雇

 当時のイギリスで、オリジナル曲を演奏するグループは全く居なかった。すでに成功していたクリフ・リチャードも与えられた曲を当然のように歌う、それが普通の姿だった。
まだ、この時ビートルズが世界の頂点に立つとは、さすがのジョージマーティンも考えられなかったから、目標はクリフ・リチャードである。少なくとも彼に少しでも近づける存在になれるかどうか。
ビートルズ発祥以前と以降とでは、音楽状況がまったく変わってしまったということを頭に入れておかなければ、理解できない面も多い。ジョージ・マーティンが最初に行ったのは、1人ひとりの声を聴くことだった。それは、「私のクリフ・リチャードになってくれるのは誰か」というものだった。
ジョージ・マーティンが優れていたのは、その頃の常識にとらわれることなく、素直にビートルズを評価できたということに尽きるだろう。

「一等きれいな声はポール、一等ユニークなのはジョン。ジョージは2人に比べるとそれほどでもないと思った」
まあ、まさにこの辺は誰もが下す評価なのではあるまいか。だが、彼はクリフ・リチャード&シャドウズといったスタイルに拘らなかった。
「3人が一緒に歌い出したとき、彼らはあくまでもグループとして扱うべきだと気がついた」
ビートルズがデビュー・シングルのために用意した曲の中から、ジョージ・マーティンは「ラブ・ミー・ドウ」と「P・S・アイ・ラブ・ユー」を選択する。

この「ラブ・ミー・ドウ」を選んだというのも、今からすると非常に奇妙な感じがするファンも多いのではなかろうか。当時のイギリスでは、プロの作曲家が一般ウケするように“注意深く”作った曲ばかりであり、歌詞もまた、これといって特徴のないラブソングが殆どだった。
ジョージ・マーティンは、同じようなウケをねらった曲では、大多数に埋没してしまうと考えたのかも知れない。
「ラブ・ミー・ドウ」は、ヒットを狙うというにしては、ユニーク過ぎるが、果たしてどのようなことになるのか...

ところで、このあたりで、ビートルズにとって一大事件ともいうべき事態が生ずる。そしてそれは、ブライアン・エプスタインにとって、マネージャーとしての手腕が問われることでもあった。ビートルズは、ジョン、ポール、ジョージ、そしてドラマーのピート・ベストというメンバーだった。
しかし、その時、ビートルズに居たピート・ベストはどうしてしまったのだろう。このことについて他の3人は殆ど語っていない。気が付いた時には、彼はビートルズから消えていた...そんな印象を受けてしまうのである。

事実は、なんとも意外である。最初のテストをかねたレコーディング時、ジョージ・マーティンはエプスタインに告げていたのだ。あのドラマーは使わないつもりだと。
考えてもいなかったことにエプスタインは狼狽する。だが、その道のプロであるジョージ・マーティンの言葉は絶対だった。
「彼はリズムをキープ出来ないドラマーだ。グループを引き締めてくれるようなドラマーでなければならない。とりあえずセッション・ドラマーを連れてくる。グループをどうするかは、君に任せるよ」

エプスタインは、メンバーの中で最もハンサムで、女性ファンも多い彼が居なくなるということを考えてもいなかった。ジョージ・マーティンの言葉はまさに衝撃だった。
後に、ジョージ・マーティンは語っている。
「彼はジェームス・ディーンのような憂いを含んだルックスだったけど、明らかに他の3人とは違っていた。ユーモア感覚やカリスマ性というものを全く感じなかった。何も意見を言わず、黙ったままだった。一等悪かったのは躍動感が無かったことだ。グループはスウィングしていなかった」
「彼はバンドの重要なメンバーとは言えなかった」
「私の発案は、彼を解雇するきっかけを与えただけだった。ビートルズはやがて彼をクビにするつもりだったんだ」

これも意外な言葉だが、エプスタインが伝えたこの驚くべき知らせに対し、異論をはさむものが無かったのは事実なのである。むしろ、“自分達の感覚が間違っていなかった”ということをジョージ・マーティンによって確認出来たといった感じだったようだ。
彼等の感覚では、ピート・ベストは仮のメンバーでしかなかったのである。その証拠にすぐに新たなメンバーとなるべき人物の名を挙げているのだ。
翌日、ジョンは、エプスタインがピート・ベストを解雇してくれれば、代わりのドラマーを引き抜いて来ると告げる。エプスタインは、思いも寄らぬ、気の重い役割を果たさなければならなかったのである。

1962年8月16日。ピート・ベストはオフィスに呼びつけられる。エプスタインは何度も彼を呼び寄せていたから、ピートは何の躊躇もなく現われた。正式なマネージャーになるまでの間、エプスタインとグループとの仲立ちをしていたのはピートだったからである。
エプスタインの態度が、いつもとまったく違っていることにピート・ベストはすぐに気が付く。そしてエプスタインが切り出した言葉は、ピート・ベストを打ちのめした。彼は、ビートルズが直接そのことを伝えなかったことを悲しんだ。特にジョンが、面と向かって解雇の理由を言ってくれなかったことを今でも残念に思っていると言う。

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