クラウス・フォアマン回想録 C
永遠のグルーヴ
第4話 ジョンと僕の秘密の週末
あのアストリット・キルヒヘアとともに無名時代からビートルズと関わった男
 前にも話したけど、僕は長いこと平日でも暇さえあればビートルズを観に行った。家にはほんのちょっと寝に帰るだけで、すぐ仕事に出ていた。だから僕の愛すべきイギリスの友人、そうビートルズが昼間なにをしていたのかはあまり知らなかった。
 でも週末は仕事が休みだったから、事情はまったく違った。ある土曜日、僕は手がつけられないほど悪酔いしていた。なぜってビートルズの演奏が最高で、観客が最高に盛り上がっていたから。一晩中飲み続けてしまったわけだ。
 でもその夜、ジョンだけはいまいちノリが悪かった。実はこのときの彼はそうとうご機嫌ななめだったんだ。最後の曲が終わると、ジョンはステージから降りてきて、おもむろに僕らのテーブルに座ると、立て続けにスコッチ&コークを3杯も注文した。
 僕は誰のためにそんなに注文するのかなって思ってたんだけど、その答えはすぐに明らかになった。ウエイターがグラスをジョンの前に置くと、ジョンは1杯、2杯、3杯と次々にひとりで飲み干したんだ。しかもたった数十秒で。
 飲み干すとジョンは突然叫んだ。
「あぁぁぁ!!!またいつもとおんなじかよっ!!」
 僕はジョンの奴、今夜はとことん飲むつもりだなと思った。その時仲間うちで残っていたのは僕ひとりだったから、僕は当然彼の「餌食」となり、ジョンとふたりっきりで話すことになった。いや、飲むのに付き合わされたってわけだ。
 ジョンはひとりで飲みたくなくて連れを探していた。だから次は僕の分もしっかりオーダーしていた。そして僕のウィスキーの横にプレルーディンを3錠置いた。僕は疲れて何がなんだか解らなくなっていたから「かまうもんか、飲んでしまえ」って感じでね。だから僕らふたりが正体を失うのに、そう時間は掛からなかった。僕らは次から次へとプレルーディンやスコッチを飲み続けた。
 僕はジョンがなんでそんなに不機嫌なんだろう?と思いを巡らせた。知りたかったけど臆病で聞けなかったし、聞いてみたところで、その手の話をジョンがするはずもないと思っていたから、そのうちジョンが話したくなったら話すだろうと考えた。ジョンと長く友情が続いたのは、僕が我慢強くてよけいな詮索はしないし、また自分のこともしゃべらないタイプだったからだろう。
 そしてこの夜はずっとジョンに付き合った。しばらくしてジョンは会計を済ませ、僕らは立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。僕はもう姿勢を保つのがやっとだったけど、なんとか二人で表に出ることができた。
 広告のネオンが明るくて目が痛んだ。空は茜色に染まり、美しい夜明けだった。
「おおー、まぶしすぎる!」ジョンはろれつの廻らない口調で言うやいなや「ここに入ろうぜ」と別のクラブを指さした。僕らは危なっかしく、ふらふらしながら階段を下りていった。
 ジョンが先にビロードのカーテンをくぐった。僕のたった5インチ先に女の巨大な胸が現れて、バランスを失った僕は足を滑らせた。それを見ていたジョンは笑い転げ、自分も床に滑り落ちた。そして僕らは二人とも床の上で涙が出るほど笑った。
 当時、セント・ポーリの怪しいクラブはシリアスな雰囲気だったから、笑いながら床の上をごろごろしているクレイジーな若者二人は、クラブオーナーの目にふさわしい客とは映らなかったのだろう。
 突然、僕は鳥のように飛んでいる気分になった。実際、通りに向かう長く赤い廊下に沿って宙に浮いていたんだ。でも、なんてことはない、誰かに背後から掴まれ、つまみ出されたってわけだ。僕のそばでジョンが大笑いしていたよ。つられて僕もまた笑い出した。ジョンは僕がとっても馬鹿げて見えたことや、僕が危うく巨大な胸に飛び込むところだった女の子が不細工だったことを話して、また大笑いした。僕らは大声をあげていたので、行き交う人達は妙な目で見ていたよ。
 
 でも、僕らはもうクレイジー・モードになっていたから、ジョンのパンツが避けて、鼻は血だらけになったことさえ笑えてしかたがなかった。たとえレーパーバーンの街全体が地震に飲み込まれようとも、僕らは気が狂ったように笑い続けていただろう。
僕らは息をすることも忘れて笑っていたが、ジョンが「さあ、行くぜUFO野郎、もっとイケてるバーを探そうぜ」と言うやいなや、2分後にはまた他のバーにたどり着いていた。
 そこは立ち飲みをするような安い酒場だった。周りは僕らみたいな酔っぱらいだらけ。突如その酔っぱらいのひとりが、仲間のビールグラスをカウンターから取って下におくと、ジッパーを開けてその中に放尿したんだ。彼の仲間達には大ウケだったが、ジョンと僕は気分が悪くなってトイレに駆け込み、そろってゲーッと吐いてしまった。そして僕らはそのバーを後にした。その頃には陽も昇り暖かくなってきていた。僕らはレーパーバーンの反対側の有名な交番と醸造所を通り過ぎた。すると目の前には美しいハンブルクの港のパノラマが広がっていた。
 そこはいつもの日曜の朝のにぎやかな魚市の風景だった。毎週日曜日の有名な魚市を目指して周辺の町中から人々が集まってくる。人の数はだんだん増え、まるで大行列のようになっていた。僕らも人の波に沿ってぞろぞろ歩いたんだけど、いつしかジョンと僕は並んで階段に腰掛け、買い物にいそしむ人々の姿を眺めていた。
 隣を見るとジョンが朝日を浴びて気持ち良さそうに目を閉じていた。僕もそっと目を閉じ、僕らを取り巻くすべてを感じて楽しんだ。いろんな音の混じり合いを聴き、しばらく僕らはひとこともしゃべらず、じっとしていた。
 そこは僕とジョンだけの世界だった。僕は最高に気分が良かった。ジョンと僕はそれからというもの、本当にいい友達になったんだ。
これから何年も一緒にジョンと楽しい時を過ごすだろうな。その時の僕にはなんとなく解っていたような気がする。
ザ・ビートルズ・クラブ 「クラウス・フォアマン回想録」より引用

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