クラウス・フォアマン回想録 F
永遠のグルーヴ
第7話 『リボルバー』ジャケット製作秘話
あのアストリット・キルヒヘアとともに無名時代からビートルズと関わった男
 EMIのコントロール・ルームにこんなに長く居るのは初めてのことだった。僕は幸せだった。ビートルズはとても真剣で、見るからに高いレベルの作業をこなしているようだった。ビートルズが素晴らしいなんてことは、今さら言うまでもないけどね。彼らはひとりひとり性格が違い、そこから生まれるコンビネーションが際立っていた。ビートルズにはいつも驚かされたものだ。斬新で、大胆で、ずば抜けている。そして何もないところからものを生み出す力があるんだ。それは世界が彼らの次の傑作を心待ちにしていることからもよく解るだろう。
でもプレッシャーは相当なものだった。彼ら以外誰も出来ないことをやってのけるんだから。そしてビートルズは新しい境地に達し、傑作が生まれた。もう、たわいないラブ・ソングの寄せ集めではなかった。なにが凄いかっていうと、それを楽しみながらやってのけたってことだ。みんなその達成感に誇りを持っていた。
 今にして思えば、彼らを止めるものは何もなかった。ビートルズは長い間トップをひた走り、まさに頂点に立とうとしていた。ヒット曲を生むには色々な方法がある。街はヒット曲であふれている。それは今やビッグ・ビジネスだ。作品の多くは計算され、構成された上でプロデュースされている。成功するマニュアルどおりに動いている。『ヒット曲の書き方』のような本さえある。偉大なミュージシャンはこのようなポップ音楽との迎合を恥ずかしがるものだ。「悪いけど、お金がいるんだ」と弁明する者もいる。言うまでもなく、音楽とは創り上げられるもので、それは複雑で知的で美しい。音楽は消費するために作られているのではないのだ。何も解っていない人の耳にはふさわしくない。本当は一般の人が踏み込める世界ではないのだ。ポップ・ソングの作曲はそれに身を捧げ、愛せる人に任せるべきなのだ。

 ビートルズは大きな違いを見せてくれる。彼らは愛しているから音楽を作る。ジョンとポールの作品は彼らの構想の中から生み出さなければいけないのだ。彼らは自分たちの曲がどれほどいいかなんて解っていなかったけどね。解る前にヒット曲になっていたから。それにしてもジョージの曲が少ないのが残念だ。ジョン、ポール、ジョージ・マーティンは、ジョージが受けて当然のチャンスすら与えなかった。 そんな想いが僕の小さな頭を駆けめぐっていた。
 僕の仕事はこの作業を象徴するビジュアル・イメージを作り上げることだった。僕はレコードを買う人のことを考えなければならない。しかも、今まで見たこともない画期的なものにしなければ。どれくらい洗練されたものを作ることが出来るだろう。どの程度だったら突飛なイメージでも受け入れてもらえるだろう。
 ついこのあいだ、13歳のときに初めて買ったレコードが"REVOLVER"だという男性からEメールをもらった。彼は何度もカバーを眺め、ヒロニムス・ボッシュのようだと思ったらしい。(すごいお世辞だ)。ジョージの顔は日本のお面のように思えて、怖くて悪夢を見るかと思ったという。そんなつもりはまったくなかったのに!

 コントロール・ルームでのリスニング・セッションが終わり、僕はレコード・ジャケットのための斬新なミーティングを期待した。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴがいくつか提案し、どんなジャケットがいいかガイドラインを出した。しかし、結局何にもならなかった。ジョンは「レコードのタイトルも決まってないんだ。なにかアイデアあったら教えてくれよ」とまで言うんだ。ミーティングはあっけなく終了。あとは僕に任された。グラフィック・デザイナーにとって自由を与えられるということは大変なことだ。責任重大、思案することも多い。作業も多い。言い換えれば、ひとりで広告代理店をやるようなものだ。僕は彼らがそんなに僕を信頼してくれたことを誇りに思ったけど、緊張でぶるっと来たよ。果たして、僕はビートルズの期待に添うことが出来るのだろうか。
 小さなスポーツカーで帰宅する途中、胃のあたりに不快感を覚えた。その時僕はこう考えた。彼らだったらどうするだろう、と。きっと緊張なんてしないで生意気そうに笑っているんじゃないかな?僕は彼らの態度を見習うことにして「くそー、やってやる!」と自分自身に言い聞かせた。夜も更けていたが、僕は神経が高ぶって眠れなかった。紙と鉛筆を取り出し、椅子に座って頭のなかのごちゃごちゃを整理しはじめた。
 たくさんの髪。みんなはそれを観たいんだ。ビートルズが好きなんだから、ビートルズの写真もたくさん観たいだろう。何が最も大事かというと、モノクロでやるということだ。明るくカラフルなジャケットが多い中で、これは目立つ。
 

当時はカラーが主流だったにもかかわらず、僕はそこに固執した。そしてタイトル−このレコードはいったいなんて呼ばれるのだろう?どこにその文字を置こうか? 普通LPのカバーはアルバム・ジャケットとバンド名が上3分の1にある。何故かというと、お客さんがレコード点に行って、レコードのラックを見る時、いちいちレコードを取り出さなくてもバンド名が解るように配慮しているのだ。でも僕のデザインは違った。モノクロというのは面白いけど、見慣れたビートルズの顔があるわけだから、バンド名をトップに配置する必要はない。LPのタイトルはどこでもいい。
 僕の気分も回復して来た。頭の中も少し整理がついてきた。どきどきしながらベッドにもぐった。ハッピーな気持ちだったけど、そう言えばまだ大きな問題が残っていた。「ジャケットはいったいぜんたいどんなデザインにししよう?」
 翌朝レイアウト用紙の束とフェルトペンを取り出し、ぼくは思いつくままに走り書きを始めた。その時のアイデアは忘れてしまったが、ひとつ覚えているのは熱気球に乗ったビートルズという構図だ。まもなく4つの顔が様々なアイデアの中から浮かび出て来て結晶化してきた。正面を向いた顔、横顔、下から見上げた顔。他の可能性についても試してみたが、結局は4つの顔とたくさんの髪と写真のバージョンに戻った。それからはそのデザインに集中した。

 しばらくしてデザインを見せにEMIに行く準備が出来た。僕はその1枚の紙を折りたたんでジャケットのポケットに突っ込み、EMIまで歩いて行った。みんなは食堂に座って休んでいるところだった。サンドイッチやビスケットが散らかっている中、僕はその紙を広げた。
僕の背後にいたみんなは何も言わない...。あぁ、ショックだ、良くなかったのかな?もっと素晴らしいアート作品の完成をわくわくしながら想像していたのかな...?
「髪がたくさんあって、僕は好きだな」とジョージが言った。
「うん、僕も」とポールが言った。「これが僕かい?わぁ、この小さいフィギュアを見てごらん、凄いアイデアだ!」ジョージ・マーティンも頷いた。リンゴもだ。
「よし、帰ってさっさと続きをやれよ。明日までに必要なんだーあ、これは冗談だけど」とジョンが言った。
やったー!この仕事は僕のものだ!誇らしさで感極まった僕は、笑顔でEMIの階段を飛ぶように下りた。アップル・スクラッフスはこう思っただろう。
「フォアマンったらどうしちゃったの?いかれちゃったのかしら?」ってね!



   「リボルバー」ジャケット原案 クラウス・フォアマン
ザ・ビートルズ・クラブ 「クラウス・フォアマン回想録」より引用