Episord 64 LSD

 ビートルズが真剣に、瞑想から何かを学びたかったのは事実である。しかし、マハリシの元で瞑想を学ぶ日々に次々と曲が出来たというのも面白いことである。
ジョンなどは、ドラッグによって曲づくりのヒントを得たと、あの悪ガキ時代からの親友、ピート・ショットンに語っていたのだ。
ジョンは不良少年がタバコを勧めるように、悪友にドラッグを体験させようとした。「最初は断った。警察学校で色んなことを教わっていたからね。それに僕の考えでは、そういう物に係わるのは低層階級の人間で、金持ちや頭のいい人間はやらないと思っていたんだ」

「1年ぐらいしてから、またジョンが僕に勧めた。ジュリアンの4歳の誕生日のパーティーの時だよ。ジョンの友人のテリー・ドーランと一緒にLSDを初めて試したんだ」
それ以来、ジョンはピートと一緒に“トリップ”するようになった。ピートによれば、ジョンは“LSDは天の恵み”とまで表現したという。自分の心の未知なる領域に導いてくれるための魔法の鍵だというのである。
「ジョンにとっては再び情熱が蘇って来て、素晴らしい曲を書くための刺激剤になったのさ」

当時のジョンは...いや、他のビートルズも退屈していた。ジョンの場合はその傾向が甚だしく、終日、何もせず、ぼんやりしていることもあった。曲作りに対する情熱も失われかけていた頃に、普通では全くイメージ出来ない体験をすることで、大いに刺激となったということなのだろう。
明らかにLSD体験を元に作った曲だろうと噂された「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」に関して、当時、彼らは、それを否定していた筈だが、やはりこれはその体験も影響しているのは事実だと言う。しかし、元々は、ジョンの息子ジュリアンが描いた絵から作られた曲なのだ。

 「marmalade skies マーマレード色の空」
 「a girl with caleidoscope eyes 万華鏡の瞳の少女」
 「Cellophane flowers of yellow and green towering
  over your head セロファンでできた黄色や緑の花
  があなたの頭上にそびえる」等 といったイメージが
  綴られていくが、唐突にこう叫ばれる。

 Lucy in the sky with diamonds
 Lucy in the sky with diamonds
 Lucy in the sky with diamonds, ah, ah
 「ルーシーはダイヤモンドをもって(で飾って)空の上に」

 
ある日、ジョンがポールと話をしているうちに、この絵のことを思い出し、ポールに見せたのである。ジュリアンのクラスメートのルーシーが空にいるという絵だった。
そしてその絵には、ジュリアンが付けたタイトルが記されており、それが「Lucy in the sky with diamonds」そのものだったのである。

ジョンが予想したようにポールもこれを非常に面白がり、2人は早速曲づくりに掛かったというわけである。大人になってしまった彼らがトリップによってしかイメージ出来なかったような世界を幼い子どもが簡単に描き上げてしまったというのも非常に興味深いが、この曲は、あまりにもイメージが飛んでいる。
ビートルズがドラッグ体験によって曲を作っていると噂されていたのは事実だが、これが何よりの証拠だとして、放送禁止になったこともあったのである。その論拠となったのはタイトルだった。
「Lucy in the sky with diamonds」
その名詞の頭文字を続ければ、L・S・Dとなっていたからである。だが、これは当のビートルズ自身もそれを指摘されるまで、気付かなかったことだった。
全くの偶然なのである。幼いジュリアンのつけたタイトルをそのまま使ったのだから。

ジョンの言葉によれば、この曲の世界は、「鏡の国のアリス」に影響されている。思い出して頂きたい。ルイス・キャロルの作品は、子供向けとはいえ、驚くほど幻想的な話である。
子供の頃、ジョンが夢中になったことは既に紹介しているが、LSD云々より、むしろそういうイメージで聞いた方が曲としても広がりを持つはずである。

 「wool and water」の章に、

 …and she found they were in a little boat gliding along between banks so there was nothing for it but to do her best

気が付くと彼らは小さなボートに乗って、岸辺の間を漂っているのでした。アリスは精一杯こぐしかなかったのです...というような文章がある。

「 Picture yourself in a boat on a river...」
で始まるこの曲は、ドラッグ云々よりも、幻想的世界を描いた曲として優れていると思うが、偏見をもって聞いてしまうと、どうにも困ったことになってしまうわけである。
それもこれも、タイトルがたまたまLSDを意味しているように受け取れたからだった。

ジョンもポールもルイス・キャロルの世界は大好きで、彼らはしばしばアリスの世界を引用しているようである。ビートルズ・ファンなら、もう一度、ルイス・キャロルを読み返してみるのも悪くない。「アイ・アム・ザ・ウォルラス」という曲を聴いた時は、何だってセイウチなんだろうと思ったものだが、「鏡の国のアリス」にもちゃんとセイウチが出てくる。

ジョンやジョージと違ってポールは、この瞑想の受講は、自分にとってちょっとした旅行気分だったことを認めている。ポールがジョンの逸話について語っている。
「ある日、マハリシがヘリコプターで出発する前に、誰か少しの間乗ってみたい人はいる?と訊かれた時、ジョンが飛び上がって『はい、はい、はい!』と一番に名乗りを上げた。後でジョンに聞くいてみたんだ。『どうして、あんなに乗りたがったの?そんなにヘリコプターに乗りたかったの?』って」
ビートルズは何度もヘリコプターに乗ったことがあったので、ポールは不思議に思ったのだ。
「『マハリシが答えを教えてくれるかも知れないと思ってね』。ジョンという人間がよくわかるだろう。みんなが“聖杯”を探し求めていたんだろうけど、ジョンは本当にそれが見つかるかも知れないと思っていたんだ。彼の純真さ、ナイーブさが良くわかるいい話だろ」

だが、ある日、リンゴと彼の妻モーリンが、家に帰ると言い出すのだ。


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