◆「裸の耳」Tera-Sutcliffeの”Strawberry Fields Forever”制作記
前作の「A Day In The Life」につづき、オケ制作に協力してくれた謎のミュージシャン、
TeraことTera-Sutcliffeが語るStrawberryの新たなる発見!お楽しみ下さい。
 初めまして。Cuts氏と一緒になって皿ごと毒を食らっているTera−Sutcliffeです。(笑)
僕自身も30年以上の年期の入ったビートルズファンを自負していますので前回好評だった大作”A Day In The Life”に続いて「”Strawberry Fields Forever”をやろう!」と言われた時には「よっしゃ!よっしゃ!」と田中角栄のように(なんでやねん)二つ返事でOKしました。
しかし実際に作業を進めて行く内に難問に突き当たりました。そうです、一度フェードアウトした後にフェードインしてくるあのなんとも前衛的な「ヒョロヒョロヒョー」です。おそらくメロトロンだろうということは分かるのですが、フレーズがあまりに複雑で人間が弾いたものとは到底思えませんでした。
多分この時期に彼等が多用していたテープの逆回転か、本で読んだ「Being For The Benefit Of Mr.Kite!」のオルガンのようにテープをバラバラに切ってランダムに繋ぎ合わせる方法だろうと観念して1音ずつコピーしていました。

ちなみに、今回この曲で大活躍しているメロトロンの音はサンプリングマシン用の完全復刻版CDを使用しています。構造や機能はこのサイトの「The Words 004ビートルズと楽器」のメロトロンの項に詳しく書かれていますが、基本的には今のシンセサイザーのように鍵盤を押すとトランペットやバイオリンの音が鳴ります。ドなら「ドー」、レなら「レー」と約7秒間。
イントロや曲中はその基本形で使われています。でもメロトロンは今で言うところの「フレーズサンプリング」が可能な世界初の画期的な楽器でして、それを「皆さん、オルガンとは違いまっせー!」と強調するために(かどうか分かりませんが)様々な楽器のフレーズが収録されていました。
デモンストレーション演奏などでハッタリ効かせるため(失礼)だったのかも知れませんが、実際には「どうやって使うねん!」という代物でして家庭でゲーム感覚で遊ぶくらいしか使い道はありません。
メーカーも正直「こんなことも出来るからやってはみたものの…」という処だったのではないでしょうか。

鍵盤の左半分に「ズンチャ、ズンチャ」[001]というリズムセクションの伴奏が色々なコードで入っていて、右半分にサックスやフルートのソロフレーズ[002]が、という具合で左右の指一本ずつで鍵盤をスイッチのようにランダムに押さえると組み合わせによってバッチリ決まったり[003]調子っぱずれになったり[004]しながら(それはそれで面白いのですが)曲らしきものが出来上がる、というまあオモチャみたいなものでしてプロがレコーディングで使うとは到底考えにくい機能です。
完全復刻版CDということで「The Continuing Story Of Bungalow Bill」冒頭のスパニッシュギターなんかもご丁寧に当時のまま収録されており[005]「ビートルズ達はこれを聞いて使ったのか」とマニア的に感動したりはしていましたが、それ以外は実際に音を出したことさえありませんでした。

話は”Strawberry Fields”に戻ります。
その時点ではすでに実際にビートルズのオケを逆回転で聴いてチェックして逆回転ではないことを確認済みでしたので「Mr.Kite」式にテープを繋いだと勝手に判断して作業をしていました。しかしコピーを進めていく内に不思議なことに気付きました。
全く同じ短いフレーズが何回も出て来るのです。初めは「何本もテープコピーしたのだろうな」としか思いませんでしたが、当時のスタジオの状況を考えるとちょっと無理があります。メロトロンで適当に弾いたフレーズのテープコピーを何本も作るだろうか…いや、当時の彼等なら作ったかも知れませんが、普通に考えて尋常ではない手間が掛かる上、効果は未知数です。
「同じフレーズが何回も出てくるということは…」とうわごとのように繰り返していたその時「Bungalow Bill」のスパニッシュギターのことを思い出しました。
「確かフルートのプリセットもあったよな…」実は何日か前、Cuts氏に「こんなんまで入ってまっせー」と「Bungalow Bill」のスパニッシュギターを送るためにサンプリングCDのインデックスを調べていた時に「ChaCha Flute」というのがあったのを思い出したのです。早速立ち上げて音を出してみました。左半分にチャチャのリズムセクション[006]、右側にフルートの色々な脳天気なメロディ。(なんせチャチャですから・笑)[007][008
「うーん…」似ているようなそうでないような…コピーしているときに気付いた特徴的なフレーズには似ているのですが、どうやっても同じにはならないのです。
フレーズの形は似ているのにキーとテンポが合わない、と思ったその時!曲の冒頭を思い出しました。「Let Me Take You Down Cause I'm Going」のところでメロトロンがダウンして「ToStrawberry Fields」と繋がっていきます。そうですメロトロンには手元にピッチ(テープスピード)コントローラーが付いていたのでした。今で言うとシンセサイザーのピッチベンドですね。
メロトロンはいわばテープレコーダーの塊(カタマリですよ。タマシイと違いまっせ)です。昔のカラオケのようにキーを下げるとテンポも下がるのです。(知ってる人は40才以上・笑)
余談ですが、芸能界の某大物有名歌手がコンサートの時にバックバンドのメンバーを楽屋に呼びつけて「オメーら、だいたいテンポが速いんだよ!テンポが速いとキーも上がるから高くて上手く歌えないんだよ!わかったか」と言ったそうな。
メンバーは笑うに笑えず、もちろん指摘するわけにも行かず「そうですよね。すいませんでした。以後気を付けます。」と言ったらしい。コレ当事者から聞いたから本当の話です。(爆)

すみません脱線しました。”Strawberry Fields”に戻します(笑)
「ヒョロヒョロヒョー」の「ヒョー」らしき音[009]に見当を付けて同じ高さになるまで全体のピッチを下げて行きました。この位かな?と思ったところで他の鍵盤も押さえてみたら!!!!聞き覚えのあるフレーズ達が一斉に鳴り出しました。そこからの3時間のことはよく覚えていません。おそらく脳内麻薬を大量に分泌していたのだと思います。(いやマジで)

結局、全く同じになりました。[010]かれこれ30年越しの謎が解けたのです。あの自他共に認めるビートルズマニアのトッド・ラングレンでさえ本物のメロトロンを使っていながらウニャウニャとごまかしていたあのフレーズを完全に再現出来てしまいました。(ちなみに僕はトッド・ラングレンのファンですので誤解なきよう…彼の「Faithless」というアルバムにはその”Strawberry Fields”と”Rain”のカバー(と言うかほとんどコピー)が収録されています。選曲からして…やはり通ですね。)

今回の事で感じたことを一言で表すとすれば「裸の耳」です。既成概念や先入観にとらわれない感じ方や考え方とでも言いますか。
彼等は40年前にこの新しい未知の楽器を目の前にしてどんな音が出るのか興味津々でいじくり倒したのだと思います。「使えるものは何でも使う」的精神は彼等の基本姿勢なのですが、このフレーズを弾いているのはおそらくプロデューサーのジョージ・マーティンだと思われます。彼もまた「裸の耳」を持った音楽家だということを痛感させられました。実際に弾いてみると分かりますが、適当に弾いたのでは絶対にこのフレーズにはなりません。非常に厳密に作られているのです。
前半のテイク、後半のテイクを神業で繋ぎ合わせて最後に曲全体を、あるいはこの曲から始まった一連の「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」セッション全体を象徴するが如くのアブストラクト(抽象的)な一筆。あそこにあのフレーズがなかったら…と想像してみてください。
なくても名曲には違いなかったとは思いますが、この音を知ってしまっている耳にはひと味もふた味も足りないと感じられるでしょう。本当のアカデミズムとはきっとこういうことなのだろうと思います。


                                              by Tera-Sutcliffe

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